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課題曲5 メタモルフォーゼ 〜吹奏楽のために〜/川合清裕 前編(吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説)




















みなさんこんにちは!

只今、「吹奏楽コンクール課題曲トランペットパート解説2017」と題しまして記事を書いております。
すでに課題曲1「スケルツァンド」と課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」の記事は掲載していますので、以下のリンクよりぜひご覧ください。課題曲をご存知ない方にも理解でき、参考になる内容になっています。


課題曲1「スケルツァンド」/江原大介 前編
 演奏者はツアーガイド/楽譜を読む、ということ(テンポ、リズム、音の高低)

課題曲1「スケルツァンド」/江原大介 後編
 合奏は演奏者全員の個性を持ち寄る場/音をブレンドする?

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 前編
 パート譜について/行進曲という音楽について

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 後編
 拍のウラから入るときの吹き方/テンポが走ってしまう原因/ユニゾンを合わせるために大切な3つのこと



そして今回からは課題曲5「メタモルフォーゼ 〜吹奏楽のために〜/川合清裕」についてです。


《現代曲ってなんだろう》
いわゆる「現代曲(現代音楽)」と呼ばれる音楽作品やジャンル、これってなんなのでしょうか。


メロディが変?
リズムが変?
和音が変?
音の出し方や楽器の使い方が変?
楽譜が変?
作曲者が変?(失礼しました)


みなさんそれぞれ違うと思いますが、とりあえず「変」という表現が使われやすいのかな、と思います。

そして「変」というのは言い換えれば「今までにないこと」「ユニーク(唯一の)」とも解釈できます。

ですから現代曲とは「今までの常識では行われなかったこと」を積極的に用いている音楽ではないか、と思っています。


《発展》
では、いわゆる現代曲というジャンルは、それまでの時代にあった音楽とまったく違う存在なのでしょうか。

昔はとにかく美しい響きを求めて音楽が作られていたと考えられています。例えばバロック時代の音楽はとても純粋な音の並びや組み合わせで作られていますが、時代とともに「(汚いから)使っちゃダメ」と言われていた音の使い方を敢えて用いることにより、今までにないものを生み出そうとしてきました。

「これまでにないものを。」その姿勢で作曲活動に取り組めば、「だったら「調性」「拍子」などの既成概念も取り払ってしまおう」と思いつく人が出てくるのも自然な流れです。

例えば、1900年代に活躍した作曲家、シェーンベルクは「12音技法」という1オクターブ内にある12種類全ての音を1回ずつ使って音楽を作り、当たり前に使われている音楽の重要な要素である「調性」が存在しない、いわゆる「無調音楽」を作りました。

同じく1900年代に活躍した作曲家ストラヴィンスキーも、これまでにない発想で次々と作品を発表しますが、バレエ音楽「春の祭典」の初演は、当時としてはあまりにも突飛な音楽だったためにお客さんにまったく受け入れられず大失敗に終わったと言われています。

しかし、シェーンベルクもストラヴィンスキーも今では(確かに独特ではありますが)普通にコンサートプログラムに取り上げられています。当時斬新だったことは、今では受け入れられているのです。

そこから言えることは、現代音楽は決してデタラメに作ったものではなく、「進化」、「発展」したもの、ということです。


しかし、ここで現代音楽にとって不利な点が出てきます。

「楽譜」の存在です。


《楽譜とのジレンマ》
私たちが一般的に見ている楽譜は、およそ400年前のバロック音楽あたりに作られました。それまでは4線だったりと今とはだいぶ違っています。

実際のところ、そこから書き方はほとんど変わっていません。テンポ、リズム、拍子、音の高低さえ記せば、あとは少しの文字で通常の音楽に必要な情報はほぼ全て記載できるからです。

そして、作曲者は自分で生み出した音楽を演奏者に伝えるためには楽譜を介することが一番効率良く、確実です。

昔から変わらない楽譜と、発展し、チャレンジし続ける「作曲」が少しずつジレンマ(板挟み)を起こしているのかもしれません。
作曲家は、その昔から変わらない楽譜を用いて新しい音楽を書き記そうと頑張るので、結果的にオリジナルの記号を作る必要が出てきたり、連桁が変形していくような不思議な書き方をせざるを得なくなってしまいます。

演奏者はその「複雑化してしまった楽譜」を見て演奏するわけで、「難しい(普通の書き方の音楽に比べて)」「読みにくい(普通の書き方の音楽に比べて)」「理解しがたい(普通の書き方の音楽に比べて)」という意見が出て、結果的に「現代曲キライ」という発想に至ってしまう奏者が出てしまうのでしょう。


《ピカソ》
現代音楽と同じようなことは絵画の世界でも見られます。
例えば「ピカソ」。ピカソと言えば写実的でない不思議な「あの」絵をイメージする方も多いかと思います。
様々な視点から捉えたものを1つの面にしてしまうあの描き方は「キュビズム」と言いますが、これもやはり古典的な手法からの「発展」と言えるでしょう。決して絵が下手でデタラメに描いた結果ではありませんね。その証拠にピカソはキュビズムの手法を用いる前はいわゆる普通の絵画を沢山描いています。
ちなみに、先ほど紹介したストラヴィンスキーとピカソは同時代、同じ場所で影響し合っていた芸術仲間だったそうです。

また、これはギャグの世界ですが、現代音楽における楽譜とよく似たジレンマを感じる4コママンガです。(こちらをクリック)

大好きな吉田戦車氏の昔人気だった漫画です。
人間の発音はひらがなの組み合わせだけで表現できないものがたくさんあります。舌の位置や動かし方で無限に発音できてしまいますから、もしそれらを妥協せず文字化しようとしたら、このマンガのように新たに作らなければならないわけです。

文字や文法もどんどん発展し、進化していますから、いずれは今私たちが使っている文字や発音も「古語」と呼ばれる時代が来るのでしょうね。


《異質なところを見つける》
ということなので、いわゆる「現代曲」を演奏するときには、ぱっと見だけで「うわー(音符多くて楽譜が)黒い」とか「リズムわかんねー」とか言う前に、「一般的な楽譜と何が違うのか」異質なところを見つけてみてください。よーく見てみると、その異質なところ以外は、一般的な楽譜と変わりなかったりするものです。

複雑に見えるその楽譜も演奏される音楽も「発展」した結果である、と意識しましょう。

発展は基礎があってこそです。デタラメではないし、イジワルで複雑に書いているのではなく、作曲家自身が生み出した音楽を頑張って楽譜に記した結果である、と思ってください。


ということで、今回はいわゆる現代音楽とはどういったものか、書いてみました。

それでは、また来週!



当ブログの写真・記事等の(全部、一部問わず)無断利用、ネット上(TwitterやFacebookなどのSNSを含む)などへの無断転載を禁止します。

at 06:49, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2017

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課題曲1「スケルツァンド」/江原大介 後編(吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説)


















みなさんこんにちは!

只今、「吹奏楽コンクール課題曲トランペットパート解説2017」と題しまして記事を書いております。
すでに課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」の記事は掲載していますので、以下のリンクよりぜひご覧ください。課題曲2をご存知ない方にも理解でき、参考になる内容になっています。

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 前編
 パート譜について/行進曲という音楽について

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 後編
 拍のウラから入るときの吹き方/テンポが走ってしまう原因/ユニゾンを合わせるために大切な3つのこと



また、前回から課題曲1「スケルツァンド」について書いております。前編はこちらからご覧ください。


それでは、今週はその続きです。


【!楽譜に訂正箇所があります!】
吹奏楽連盟のオフィシャルサイトに、この作品の訂正箇所について掲載しています。
2ndトランペットパートも関係していますので、注意してください。
詳細はこちらから



《テンポ変化》
前回の記事の中で「楽譜を読む、ということ」と題し、テンポについて書きました。
テンポは楽譜に書いてあるからそれに従うのではなく、作曲家がどのようなイメージを持って楽譜に文字や記号を書いたのかを考え、イメージし、その結果を演奏に反映させなければなりません、といった内容でした。

これは固定テンポだけに限らず、曲中に現れる「rit.」や「accel.」などの速度変化指示についても同様に意識すべき点です。

この課題曲は特にテンポがめまぐるしく変わります。

重要なのは「楽譜に書いてあるからそのテンポで演奏する」ではなく、

「テンポが変化すること、その指定テンポで演奏することで、作品がどのような印象になるのか」
「作曲者はそれぞれの場面でどのようなイメージを持っていたのか(どう演奏してほしいと望んでいるのか)」

を考え、演奏に反映させることです。
自分のイメージしたことが作曲家と一致しているかはそれほど重要ではありません。

大切なことは、誰か(メトロノーム含む)のテンポに合わせるという「受身」にならず、自発的にテンポを示していく姿勢です。

決して「書いてあるからやる」にならないように注意しましょう。


[全演奏者の個性を持ち寄る合奏]
合奏は作品を完成させる場です。

理想を言えば、合奏が間違いを修正する場にはなりたくはありません。
誰かひとりを捕まえて譜面と演奏が違うことを指摘していると、その他の人たちはじっと待っていることになり、非効率的です。
できれば合奏までにそういったことは修正しておきたいですね。

ところで、最初の合奏時によく「指揮者の指示待ち」の人を見かけます。
テンポについて言えば、指揮者がどのようなテンポで演奏するのかを待っているだけの人です。

「だって、どうせ指揮者に合わせなきゃいけないんだから、決めておいて違ってたら無駄になっちゃうし」

と思うかもしれませんが、それはまったく違います。

合奏というのは、演奏者それぞれが持っている(決めてきた)「その作品に対するイメージ」を持ち寄る場なのです。


[指揮者と奏者の立場を理解しよう]
指揮者は独裁者ではありません。
指揮者はリモコンを持って何十体という楽器を奏でるロボットを操っているのではありません。

指揮者の仕事は現場監督であり、演出家(ディレクター)です。

合奏はまず、参加するそれぞれの奏者が「私だったらこの作品のこの場面はこのように私は演奏する(それが自分が思うベストだから)」といった意思で完成したものを持ち寄ることから始まります。

しかし、奏者は人間ですから、自分がベストだと思う演奏はみんな違いますので、ひとつの作品を複数人で完成させるためには方向性は決めなければなりません。

指揮者はその「方向性」を具体的に示していくのが仕事です。


例えば、指揮者は「今日はみんなで山へハイキングにいきます!」と言うそれが「方向性」です。

指揮者はどこへ行くかを決定しましたが、服装はこれでなければならない、靴は絶対にこれ、お弁当はおにぎり2個で梅限定、おやつは300円までで、遊ぶ道具はボールのみ。登山口からは全員同じ歩幅で右足から踏み出さなければならない、私語厳禁。そんなことは示しませんし、そんな権力は持っていません。

ですから、奏者はそれぞれ「山にどんな格好で、何を持参し、どんなことをして楽しむのか」は自由です。

ただし、ドレスを着てきたり、テレビゲームを持っていったり、浮き輪とシュノーケルを装備したりするのは常識的におかしいし、方向性を乱してしまう可能性が高いですよね。

その線引きがきちんとできていれば、奏者というのは基本的に何をしても自由なのです。

逆に、山登りに参加して、みんなが自主的に遊んでいる中で、ひとり何も意思を持たずに立ち尽くし、指揮者が気を使って「時速3kmで東に向かって50歩歩きましょう」といちいち指示されないと何もしないとか、そういった受身の姿勢でいては指揮者も大変ですし、誰も面白くありませんよね。


[指揮者の指摘は「否定」ではありません]
この、「奏者は方向性さえ守れば基本的に自由」というのは、音楽に置き換えるならば「楽譜に書いてあることを守って、周りに迷惑をかけてしまうような非常識な表現をしなければ、何をやっても自由」ということだと思ってください。その線引きは指揮者が決めることが多いです。

よって、指揮者がどう指示してくるかに関係なく、まずは自分が納得できる完成度まで上げておき、それを主張することから合奏が始まるのが理想です。

もしそのとき、指揮者が自分の作り上げたものと全然違う表現や提案を示してきても、それはあなたを否定したわけではありません。あくまでも方向性を定めるためのアドバイスなだけですから落ち込んだり傷ついたりする必要はありません。むしろ名指しで「ここはこうやって作るよ」と指揮者から言われたということは、それだけしっかりしとした(指揮者のイメージとは異なる)主張があった、と捉えてください。相手に伝わる表現力があることはとても素晴らしいことです。


《音をブレンドする?》
以前、「音をブレンドさせるとは」という記事を書きました。詳しくはリンク先の記事をご覧いただければと思いますが、ざっくり言うと、「コーヒーにミルクを混ぜたらミルクコーヒーになった」「野菜と果物をミキサーにかけたらジュースになった」という「変化」とはまったく違う、ということです。

楽器の音はその楽器が持っている唯一の音です。ですから、「音をブレンドする」というのは、自分の楽器の音を否定し、未知なる音色を全員で生み出すのではなく、楽器ごとの(奏者ごとの)ベストな音を出し合ったことで生まれるサウンドを指します。

例えばこの課題曲1「スケルツァンド」の場合、トランペットパートと同じ動きをしている楽器がどんどん変化していきます。スコアをざっと見た限りでは、以下のような組み合わせがありました。

・Tutti(全員)で
・金管楽器全員で
・木管楽器と
・サックスとホルンと
・低音木管と
・中音木管と
・ホルンと
・トランペットパートだけで
・ソロで

同じうごきを異なる楽器で演奏すると、それぞれ違う響きが生まれます。作品や作曲者によってもいろいろですが、ある程度の「組み合わせの良い楽器」があります。一番一般的なのはトロンボーンと一緒にうごくパターンです。ちょうどオクターブ下でトロンボーンが同じうごきをすると、非常に力強い演奏になります。
また、サックスと一緒に演奏すると、ビッグバンドジャズやポップスのホーンセクションのような独特な響きが聴こえてきます。

しかし、フルートなどは、中音域で出力がとてもあるトランペットと一緒に演奏すると、音域が違えども立場的に似た存在なので、上手に交わることが難しいように感じます。それがかえって面白い響きを生み出す、とも言えるのですが。

そういった意味で、一般的に吹奏楽だと一緒に同じうごきをすることの多いパートは決まってきて、作曲家それぞれが好きな組み合わせがあるように感じますが、この作品は実験的なのか具体的に求めている響きがあってなのかわかりませんが、それがどんどん変わっていくことがとてもユニークです。

ぜひ場面ごとに変化する楽器の組み合わせを理解し、それらの楽器と一緒に練習する時間を設けてください。


《休符が含まれるフレーズ》
この作品には以下のような箇所があります。





パート譜だけで見るとこのようになっていて、シンプルで難しいところではありません。しかし、この作品のネックになる部分のひとつだと思います。

こういった部分が何事もなくすんなり合奏でできてしまうバンドは、アンサンブル基礎力があるバンドです。日頃からフレーズを感じていたり、自発的なテンポを持っていたり、自分以外の音に耳を傾けて合奏をしているところだと思います。

反対に、日頃からメロトノームに合わせて一生懸命タイミングを合わせた練習ばかりしている奏者がたくさんいるバンドだと、合奏のときに不安定になったり演奏が崩れてしまうかもしれません。

合奏で崩れてしまう一番の原因は「パート譜しか見ていない」「他のパートの音を聴いていない」ことが大きな原因です。
では、先ほどの譜例に、他の楽器が何をしているのか足してみましょう。



いかがでしょうか。トランペットの休符のところを埋めるように木管楽器のメロディがあるので、聴いている側としては、ずっと音が聴こえている場面です。パート譜だけを一生懸命見て、「チャッチャ→ウン→チャッチャ→ウン」とか感じた演奏では、音楽の流れはどんどん重くなり、流れが止まってしまいます。
したがって、木管楽器や他のすべてのパートによって完成した「音楽の完成図」を意識した上で演奏することが重要です。

そのためには最初の合奏までに音楽の完成図であるスコアを読み、自分以外のパートがどんなことをしているのか、自分と他の楽器がどの場面でどのように関わりあっているのかを把握しておくとスムーズな演奏になると思います。

それが「アンサンブル力」を身につけるとても大切なことのひとつです。


ということで2回に渡って課題曲1について書いてみました。
作品についてあまり突っ込んだ内容にはなっていませんが、どんな作品にも通用する基本的で大切なことを沢山発信してまいりますので、引き続きご覧いただければ幸いです。

それでは、次回からは他の作品について触れていきます。
また来週!



当ブログの写真・記事等の(全部、一部問わず)無断利用、ネット上(TwitterやFacebookなどのSNSを含む)などへの無断転載を禁止します。

at 06:49, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2017

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課題曲1「スケルツァンド」/江原大介 前編(吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説)




















みなさんこんにちは!

只今、「吹奏楽コンクール課題曲トランペットパート解説2017」と題しまして記事を書いております。
すでに課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」の記事は掲載していますので、以下のリンクよりぜひご覧ください。課題曲2をご存知ない方にも理解でき、参考になる内容になっています。

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 前編
 パート譜について/行進曲という音楽について

課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 後編
 拍のウラから入るときの吹き方/テンポが走ってしまう原因/ユニゾンを合わせるために大切な3つのこと


そして今週からは「課題曲1「スケルツァンド」/江原大介」について書いてまいります。

毎度お伝えしておりますが、課題曲解説とは言っても、課題曲を演奏されない方にも参考になるように書いておりますので、以前よりブログをご覧になってくださっている方も、ぜひ一度目を通していただければ幸いです。

それでは、始めます。

【!楽譜に訂正箇所があります!】
吹奏楽連盟のオフィシャルサイトに、この作品の訂正箇所について掲載しています。
2ndトランペットパートも関係していますので、注意してください。
詳細はこちらから


《演奏者はツアーガイド》
作曲者が作り出した楽曲を聴いてくれる人たちへ音として届けるのが演奏者としての役割のひとつです。

同じ空間で同じときに、これから演奏する楽曲を知っている人にも知らない人にも、何かを感じてもらうために心を込めて演奏をする。これがコンサートの目的であり、醍醐味です。

お客さんがどんな気持ちになるかはそれぞれの自由です。楽しいとか、嬉しいとか、感動して涙が出るとか考えさせられるとか、いろいろあると思いますが、全ての人が「来てよかった!」「この空間にいられてよかった!」と思ってもらえるような演奏を奏者はしよう、と思わなければなりません。


これはさながら、ツアーガイドさんのようです。


観光バスやツアーに参加するとと、ガイドさんが同行してくれることがあります。

ガイドさんは、その土地の歴史を詳しく教えてくれたり、また、名産品を紹介して試食させてもらえたり、おすすめのお土産や、急なアクシデントや要望にも可能な限り対応してくれますので、安心、安全に旅行をすることができます。


こう考えると、なんだかガイドさんと演奏者って似ていませんか?


[学ぶべきこと]
もしあなたがツアーガイドさんになったとして、参加者に楽しんでもらい、そして安心安全に旅行ができるようにするためには、何を心がけ、事前に何をしておくべきでしょうか。


・土地を知る(地図や資料で調べる、事前に現地に赴く)
・その土地の歴史を学ぶ
・その土地の名産品などを学ぶ、体験する、味を知る
・行程を把握する


こういったことが必要でしょう。
そしてさらに大切なことは、

「ツアー客に伝えるべきことをきちんと理解してもらえるレベルまで学び、練習をする」

ということです。ガイドさんである以上、初めてその土地に来た人もリピーターも、楽しい!勉強になった!それは知らなかった!と感じてもらえるためにはどうしたら良いかを考え、提案していかなければなりません。地図やパンフレットに書いてあることを淡々と「ここは○○です」「そこは◯○です」と紹介するのではありません。それだったらことりっぷでも買って自分で歩いたほうがよほど気が楽です。


では、音楽に話を戻します。


[奏者が事前に学ぶべきこと]
ガイドさんのお話を奏者に置き換えてみると、今自分がすべきことが見えてきます。

一番大切なことは、

「その作品を知る」

ということ。

どんな作品で、どんな面白さがあって、どんな展開があって、どんなメッセージが込められている(作曲者サイド/奏者サイド)のか。

したがって、「Bbの音を吹いた後、D、そしてFへと続きます」とか、そういうことをただ聴く人の耳に届けても、何も感じてもらえません。単なる音の羅列は音楽ではないのです。

ガイドさんが地図に書いてあることをただ口にするだけではガイドとしての意味がないように、奏者も楽譜に書かれているデータ(テンポ、リズム、音の高低)を再現するだけでは、お客さんは何も感じませんし、それは音楽ではなく単なる情報に過ぎません。

音楽は、その作品を演奏することで、何かを感じとってもらったり、感情を芽生えさせられる存在であるべきなのです。


[「スケルツァンド」という作品]
この課題曲を最初に聴いたとき、課題曲であるべき作品だな、とまず感じました。
「スケルツァンド」は、バンド全体のアンサンブル力と、個人の音楽に対する理解度のバランスが試される作品です。どんなところがアンサンブル力を必要とするかは、来週の後編で書きますが、良くも悪くも一貫性のない展開(いくつかの決まったモチーフが何度か現れたりはします)は、この先にどんな音楽世界が待っているのかを奏者全員があらかじめ強く理解していなければ、この作品は完成しません。ぜひツアーガイドさんになったつもりで、客席にいるお客さんが「来てよかった!」と思える演奏になるよう、今から心がけて準備をしてほしいと思います。


《楽譜を読む、ということ》
先程、「楽譜に書かれているデータ(テンポ、リズム、音の高低)を再現するだけでは、お客さんは何も感じませんし、それは音楽とは呼べません。」と書きました。

楽譜には、その作品を再現するための最低限のデータしか書かれていません。そのほとんどは上記のように

・テンポ
・リズム(音価の表現)
・音の高低

が占めています。
それらをただ機械的に、まるでロボットのように再現したところでその作品の良さは生まれませんし、面白味もありません。
では楽譜を読むとき、どのように意識して接すると良いのでしょうか。考えてみましょう。


[テンポ]
楽譜上のテンポ指示は「Allegro」とか「Largo」といった発想記号によって表現されている場合もあれば、「四分音符=120」のような具体的な速度で書かれている場合もあります。両方書いてある場合も多いです。

じゃあ、120だからとメトロノームでカチカチと鳴らし、それに合わせて演奏をしてみる。確かに正確に刻み続けるメトロノームのそのテンポは作曲者がその作品に対して持っているテンポかもしれません。

しかし!

作曲者はそのメトロノームのように1ミリもブレないテンポが持続することを願っているのか、というとそんな機械的なことは求めていないのです(ほとんどの作曲者は)。言い換えるならば、四分音符=120の作品を112で演奏したとして、「なぜ俺の作品が四分音符=112で演奏されているのだ!許さん!訴えてやる!」など激昂する作曲者は(多分)いないわけで、そこに奏者が意識を集中させる必要はないのです。(僕の知っている作曲家さんたちは逆に自分のイメージ以外の表現で自作品を演奏されていると(それがあまりにオリジナルと逸脱してなければ)、「なるほど、そういう表現もあるんだね!」ととても興味深く捉えているように感じます。)

また、発想記号だけしか書かれていない場合はより寛容で、例えば「Allegro」であれば「快活な」という和訳が楽語辞典に書かれているように、「元気」「力がみなぎっている」「明るい」などの印象を持った作品が多いです。

要するに楽譜に書かれているテンポというのは作曲者が「その作品がその作品として一番活きてくる(イメージから発生した)テンポ」を楽譜のルールにしたがって記載した、ということなのですから、奏者がまず感じ取りたいのは

「作曲者がイメージしたこの作品のテンポ感=作品が活きるテンポ感」

を持つことなのです。


[リズム(音価の表現)]
楽譜には音符が書かれています。音符には「四分音符」「八分音符」「二分音符」などいくつかの種類があり、それぞれどれくらいその音を持続させるか、を様々な音符を使って指示しています。これらの音符のことを「音価(おんか)」と呼びます。

様々な音符が楽譜のルールに則って並ぶことで、その作品(場面)特有の「リズム」が生まれます。

じゃあ、正確な音価で演奏するためにメトロノームをカチカチと鳴らし、それに合わせて演奏したとしましょう。確かに正確に刻み続けるメトロノームのテンポから生まれるリズムは間違っていないのかもしれません。

しかし!

作曲者はメトロノームの持っているテンポに従った音価の羅列を奏者に求めているだけではないはずです。大切なのは

「そのリズムによってうまれた音楽、メロディが『フレーズ(流れ)』として活きてくる演奏」

です。

まるで電気信号のような音の羅列を求めているはずがありませんよね。

メロディというのは積み木を並び替えて偶然生まれたような音価の羅列ではありません。
作曲者が生み出した(頭や心の中に浮かんだ)「伝えたい歌」を、自分以外の人にも理解できるように楽譜のルールに従って記載しただけなのですから、演奏者は楽譜に書かれている音価の羅列を正確に音にすることだけを意識していても、作曲者の思う音楽には一向にならないのです。


[音の高低]
指定されたテンポにリズムが生まれ、そこに音の高低が加わると、音楽としての最低限必要な要素が揃います。

音の高低は、空気振動の変化によって発生した様々な高さの音を耳で感じています。この空気振動を周波数(単位はHz=ヘルツ)と呼び、例えば1秒間に空気を440回振動させることで生まれる音の高さを人間は「A(アー)」と呼ぶことにし、そこを基準として周波数を均一に割って並べていったものを「平均律」と呼ぶようになったのです。

そしてその均一に割った隣同士を「半音」と呼び、それらの羅列を図形として共通認識できるようにしたものが、我々が見ている今の楽譜であり、ピアノやキーボードに並んでいる鍵盤は周波数を均一に分解したもの、ということです。

音楽に使われている音というのは、かなり物理的、数学的な理論によで生み出されたものなんです。


しかし!


音楽を楽しんで聴いている人のどれだけが、音に対して「周波数」とか「空気振動」という概念で聴いているのでしょうか。多分いませんよね。
それは奏者も同じです。「今発生させている周波数は正確に440Hzを維持している。よし。次はオクターブだな。一気に倍の880Hzだ!空気を振動させているのだ!」などと考えて演奏している人が果たして人間の心を揺さぶるような強いメッセージを与える力になるのでしょうか。


譜面台にチューナーを乗せて、ピックアップマイクをベルに装着したまま一日中練習をしているみなさん!!


チューナーというのは周波数計測器です。空気振動をさせているものを可視化している機械です。

それで何ができると言うのですか?
その先にあるものは、正確な周波数を並べ続けていく「作業」でしかありません。
しかも、管楽器がチューナーを使ってロボットのように機械的な作業を続けていくことは不可能に近いです。


決してチューナーそのものを否定しているわけではありません。
もちろん、音楽は正確な周波数によって生まれる理路整然とした音の並びが存在してこそ上質なものが生まれるのは当然です。
ですから、正しい音の高低で演奏ができるようにすることは大切なことなのですが、

じゃあ周波数に集中して音色や歌心、メッセージ性など様々な音楽に大切なことを放置してまで優先し、重要視することなのでしょうか。
しかも、

チューナーをずっと見ていて解決しますか?
いつまでチューナーの針を見ていれば安定した周波数で音を羅列できるようになるのでしょうか?

チューナーの本当の使い方はそうではないと思うのです。


[ピッチよりも音程]
人間は正しい周波数によって生まれた音の高低を1つずつ聴いて心が反応するわけではなく、次々と並ぶことで生まれた「メロディ」を聴き、心が反応しているのです。

ですから、周波数以上に大切なものは2つの音の隔たりである「音程」なのです。

美しい!と感じる音程は完璧に正確な2つの周波数によってのみ生み出されるわけではありません。


そして、合奏前の金管楽器においてのチューニングという時間は、弦楽器のように楽器から正確な周波数を生み出すための設定時間ではなく、これから一緒に演奏する人たちで「この周波数によって生まれる音楽を作り上げましょう」という共通認識をする時間である、ということも一緒に覚えておいてください。



チューナーのメーターばかりを見ている奏者たちが楽譜に書かれている音価を正確に再現するためにメトロノームを使って機械的に合わせる作業を同時に行うこれを「合奏」などと呼ばないでください!

ということで今週はここまで。来週はこの作品をもとに、課題曲を演奏されない方にも参考になる内容で書いていきますので、どうぞご覧ください。

それではまた来週!



当ブログの写真・記事等の(全部、一部問わず)無断利用、ネット上(TwitterやFacebookなどのSNSを含む)などへの無断転載を禁止します。

at 06:32, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2017

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課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 後編(吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説)




















みなさんこんにちは!

先週より「吹奏楽コンクール課題曲トランペットパート解説2017」と題しまして更新しております。

最初の曲は課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」です。曲順はランダムにて掲載しますのでご了承ください。
今回はこの作品の後編です。前編はこちらからご覧いただけます

また、課題曲を演奏されない方も引き続き参考になるブログにしたいと思い、作品に限定しすぎた具体的な内容はほとんど書いておりません。こちらも合わせてご了承ください。

それでは始めます!


【裏拍から入るメロディ】

まず、この譜例をご覧ください



作品冒頭のトランペットです。この楽譜のように拍の裏から吹き始めることってとても多いですよね。

吹奏楽部ではよく「ロングトーン」と題した個人練習や基礎合奏練習を行うことも多いかと思うのですが、そういった場合のほとんどは拍のアタマからしか演奏していないのではないか、と思います。それが理由かわかりませんが、拍のアタマ以外から演奏を始めるときに、とてもぎこちない呼吸やからだの使い方になっている方が多いように感じるのです。

みなさんだったらこの譜例、どのように演奏しますか?

この場合の大切なことは

「音の出始めと呼吸の(呼気=空気を出す)タイミングを合わせない」

ということです。
その理由は以下の通りです。


[音がなくても音楽は1拍目から始まっている]
先ほどの譜例に、低音パートを足してみます。



いかがでしょうか。トランペットが裏拍からであっても、音楽自体は1拍目アタマから始まっているということ。
ですので、トランペットの1拍目アタマにある休符は

「アタマから始まる音楽なのに、吹かせてくれない」

という「ストレス」を感じされられてしまう存在と捉えます。

みんなで横一列で並んで歩いていて、いざ中へ入ろうとしていたのに、自分だけ警備員に「はいトランペットちょっと止まってー」と言われたら「なんでだよ!入れてよ!」となりますよね。そういったストレスです。

溜まったストレスは半拍遅れで始まる音符に向けられます。したがって、この半拍後の音符は他に比べると強いパワーを持っているのです。したがって、このような場面は基本的にすべて

「半拍遅れで出た音は、アタマ拍よりも強い力を持っている」

と考えるのが自然な流れです。

こういったパターンを代表するリズムに「シンコペーション」があります。様々な場面で登場していますので、ぜひ見つけてみてください。シンコペーションに関してはまた機会を見てこのブログでも書いていこうと思います。


[具体的な吹き方]
そのような演奏をするための具体的な吹き方ですが、難しいことではありません。

呼吸や音を出すまでの流れは、通常どおり1拍目アタマから出すつもりで準備します。

しかしアタマ拍を吹こうとしたとき、本来であればオープンする(はなす)はずの舌をくっつけたままにしておくのです。

これがストレスになります。空気はもう口元まで来ているのに、舌によって出口が閉ざされているせいで音が出せません。
そして、半拍遅れで舌をオープンするのです。

からだの準備は1拍目アタマで、完全に準備できていたのに音が出せなかったストレスを裏拍の音にぶつけてください。


【走ってしまう原因は】
この作品はアウフタクトのメロディが基本になっていて、4拍目に8分音符が2つ並ぶメロディが多く、スラーが付いている場合とそうでない場合の両方がトランペットパート以外の楽器にも書かれています。


19小節目のアウフタクトから入ってくる1stトランペットパートです。19小節目アウフタクトはスラーで書かれていますが、21小節目はアクセントスタッカートで書かれています。

Youtubeにはすでにたくさんの吹奏楽部がこの作品を演奏している動画がアップロードされているので、いくつか拝聴させていただきましたが、その動画ではスラーのときはそれほど気にならないのですが21小節目アウフタクトのようなスラーがないときに「走っている」演奏をいくつも耳にしました。


[走ってしまう原因]
「走る」というのは、「メトロノームの示す一定のテンポ、もしくは他の奏者よりも演奏が先に行ってしまう」という意味です。

こうなってしまう一番の原因は「フレーズ感を持っていない(感じ方が弱い)」からです。

言い換えると「音符をひとつひとつ順番に並べているだけ」の状態です。


軽やかさ(スタッカート)や、ハッキリした(マルカート)表現をこころがけると、結果的にそれぞれの音符に割り当てられた時間(音価)よりも短い音の長さになることが多くなります。

しかし、音符の「音を出している時間(ONの時間)」のことばかり考えて演奏すると、音を出さないOFFの時間(間(ま))の意識がなくなって、「次々に音を出そう」としてしまいます。




テンポは一定だし、それぞれの音価に割り当てられた時間は音を出す/出さない関係なく一定ですから、この場面で言うと21小節目アウフタクトの「8分音符」2つがくっつき合ってしまい、テンポよりも先に行ってしまう=走った演奏になる、ということです。


[走らないために]
そのために一番大切なのは、やはり「フレーズで音楽を感じること」です。スタッカートが連続するメロディでもフレーズはもちろん存在しますから、その中にある音のない時間も、休符もフレーズを構成している大切な存在であるように意識します。

フレーズを意識するために僕がレッスンでも多く取り入れている方法のひとつに「どんなメロディでもまずはスラーでつなげて吹いてみる」というものあります。

フレーズを意識しやすくするために、作品に書いてある指定テンポを一旦無視し、自分が一番しっくりするテンポに変えても構いません。ただし揺れすぎた不安定なテンポ感や、テンポがなくなってしまわないように注意しましょう。

楽譜に書かれているメロディをスラーで吹いてみると、ブレスをすることが自然に感じられる箇所や、吹き直したくなる箇所、逆に切りなくないと感じる箇所などが見えてくると思います。これがフレーズです。

フレーズを感じることができたら、楽譜に書かれている通りのスラーとタンギングに徐々に変えていきます。ここで大切なことは、スラーで吹いていた空気の流れを変えずに「タンギングを参加させる」イメージで演奏することです。タンギングをすることで先程まで感じていたフレーズが切り分けられてしまうと、この練習は振り出しに戻ってしまいます。

「タンギングはフレーズ流れの中に参加するもの」と考えてください。


テンポとフレーズに関しては前回の記事にも詳しく書いてありますので、ぜひそちらも参考にしてください(こちらから見られます


【遅くなってしまう原因】
マーチには必ず出てくる「Trio(トリオ)」の部分。trioは三重奏という意味でも使われますが、この場合は「中間部」という意味です。
活気溢れるマーチの中でTrioは対照的に優雅に美しく演奏する部分であることが一般的です。しかし、もちろんマーチですから、テンポの変化はありません。

YouTubeでいろいろを拝見していたとき、Trioが「遅い」と感じる動画がとても多くありました。

その中には実際にメトロノーム的テンポ(絶対的テンポ)が遅くなっている場合もありましたし、メトロノーム的には合っているのに、「遅い印象」を与えているものもありました。

実はこれも「フレーズ」の感じ方が原因の場合がほとんどで、Trioの場合は「たっぷり演奏しよう」と意識した心の中の歌が、音符それぞれの推進力を失わせているからなのです。

言葉というのは面白いもので、指揮者から「そこ、もっとたっぷり演奏して」と言われると、各自の一番身近な(もしくはその人がその単語を最も使用するジャンルや背景)を真っ先にイメージします。例えば


「たっぷり寝る」
「たっぷり時間をかけて勉強する」
「お金をたっぷり持っている」
「スマホの電池がたっぷり入っている」

など。いろんなシーンで使われますし、それぞれ若干意味が違っています。

辞書をひくとその理由が見えてきます。

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たっぷり(副)スル
1.満ちあふれるほど十分なさま。たくさん。「鍋に―(と)水を注ぐ」「―(と)食べる」「時間は―ある」
2.まだゆとりのあるさま。十分すぎるさま。ゆったり。「―(と)したドレス」
3.その数量は十分にあるさま。「―一時間はかかる」
4.名詞の下に付いて,そのものが満ち満ちている,十分であるなどの意を表す。「色気―」「いやみ―」
5.数量を示す語の下に付いて,十分その数量がある意を表す。「二合―入る」「一二センチ―ある」

(Appleアプリ「辞書(スーパー大辞林)」より)
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よって、それぞれの奏者が「たっぷり」をどう解釈したか、どんなイメージを持ったかによって、変わってしまうのです。
本来吹奏楽やオーケストラで演奏する人は「今、指揮者はどういう演奏を求めていその言葉を言ったのだろう」と考え、指揮者のイメージになるように演奏するのが正しいやりとりなのですが、どうしても自分が一番想像しやすい(想像してしまった)解釈になってしまいがちです。

そして「たっぷり」と指示されると「時間をかけるべき」「音符ひとつひとつに時間を充分にかける」と解釈する可能性があり、その奏者たちの持っている音楽の推進力が減衰していくことが遅くなる原因のひとつだと僕は思っています。

静かで優しい演奏と、遅く感じる演奏はまったく違うものですので、Trio部分でもずっと前向きに、どちらかと言えば推進力が落ち気味に感じやすいシーンだからこそ、より強い推進力で演奏するべきだと思います。


[指揮者自身も注意して欲しい]
これらの「走る」「遅くなる」は、指揮者自身のからだの使い方が影響している場合もとても多いと思います。
元気よく指揮をすると、同時にからだが固くなってガチガチと動くその様子は、「余裕がない」「慌ただしい」「急がなければならない」印象を与えることがあります。
また、Trio部では必要な力まで抜けてしまった大振りのアクションが、結果的にテンポを引っ張っている可能性があります。

指揮そのもののテクニカル的な問題だけでなく、「指揮者を見なさい」と連呼しすぎて指揮者がすべての分野において絶対的権力を持ってしまうと、その指揮者の一挙一動が音楽の表現に影響を与えすぎてしまいます。

そのとき、奏者はただの「楽曲を構成する音たち」「単なる駒」でしかなくなり、音楽の重要な要素のひとつである「そのメンバーでその空間で、その瞬間一緒に演奏しているから生まれるライブ感」が生まれなくなってしまうのです。アンサンブルに余裕がなくなり、決められたことをただ遂行するだけの駒では、合奏も「約束を守る」「ミスは許されない(指摘する要素がこれしかない)」という非常に悪い空気の中で自由のきかないピリピリした音しか出せなくなってしまいます。

ぜひ指揮者さんや指導者さんもそういった自分が与えている影響やその結果についてよく考え、言葉やアクション、表情に気を遣っていただきたいと思います。


【ユニゾンを合わせるために大切な3つのこと】

この作品のTrio部分(練習番号H)はトランペットパートが全員ユニゾンで書かれています。

オーケストラでは非常に多い、ユニゾンやオクターブ離れて同じ動きをしている場合、一番重要視すべきこと、ユニゾンがユニゾンとしてしっかり聴こえるために必要なことは何でしょうか?


きっと多くの方が「安定したピッチ」と答えるのではないか、と思います。

もちろんその通りです。しかし、それ以上に大切な3つの要素があります。それは

 1.音色(同属楽器の場合)
 2.音のスピード(音量バランス)
 3.フレーズ感

これらの共通したイメージが必要です。少々乱暴な言い方をすれば、ピッチが若干合っていなくてもこれらが揃っていると(音楽的に)違和感がない場合も多いのです。ひとつずつ解説します。

[1.音色の統一]
このために大切なことは「それぞれの楽器の持つ音を出す」ことです。自分のからだで変に加工せず、音のツボに当てて素直に鳴らせるようにします。
ツボに当たった音は「トランペットの音」ですから、そういった意味で統一感があるのです。「音のブレンド」という謎めいた表現がありますが、音は溶けて形を失い、違ったひとつの音が生まれることはありませんのでご注意ください。

音のツボに関しては過去の記事「チューニングスライドをたくさん抜く方へ2
音のブレンドに関しては過去の記事「音をブレンドさせるとは

をご覧ください。


[2.音のスピード(音量バランス)]
若干イメージ的な世界になってしまいますが、具体的には「空気圧」と考えてもらっていいかと思います。よって、音量と捉えることもできます。
ただ、同じくらいの音量(デシベル)であっても、高圧ぎみの奏者と低圧ぎみの奏者がいて、トランペットは圧力関係なく音を出すことができます。どちらも無理のない範囲でならば問題ないのですが、過剰に圧力が高い奏者は、本来の楽器の吹き方とは違う可能性もあります。

このバランスを整えるためには、やはり「音のツボ」に当てて吹くことが大切です。

そして、相手がどのような吹き方をしているのかを聞く力や余裕も必要になります。


[3.フレーズ感]
先ほどお話した通りです。同じフレーズを感じ、同じ歩調で音楽を作り上げる「歌」を持っていることが統一感を生み出すためには重要です。
「テンポは揃っていなくていいの?」と思うかもしれませんが、テンポやビート感をしっかり持っていなければ本当の意味でのフレーズ感のある演奏はできません。メトロノームのカチカチ音に全員がはめていくような演奏では、例え揃っていても音楽の流れは皆無です。したがって、フレーズ感を持った奏者どうしであることが絶対に必要なのです。


ということで、これら3つの条件を整えることを目的としてパート練習をぜひ実施してください。
何度も何度も一緒に吹いて揃わないと、どうしてもメトロノームを持ち出してきたり、チューナーで音を揃えそうとしたりしてしまいがちですが、揃わない理由はそういった細かなところではなく、フレーズ感やその音楽、その場面を自分はどう表現したいか、といったとても大きな存在のところに目が行っていないことが原因かもしれません。


これらの条件はユニゾンやオクターブに限らず、ハーモニーを作る場合でも、室内楽のように各自が違ううごきをしている場面でも、全てのシーンにおいて同じように重要です。


【終わりが始まり?】
課題曲を演奏されない方にも…と書いたのですが、ここだけ作品について触れされていただきます。

クライマックスに入る直前、「練習番号L」の1小節前からの数小節が非常にユニークというか、違和感を覚える部分があります。


この部分なのですが、吹いてみるとよくわかると思います。

この練習番号Lの1小節前は、メロディとしては「終わる=解決」しようと向かっているにもかかわらずその音は現れず、ここから新たに始まるメロディが始まっているのです。

確かにこういった作り方は音楽によく出てきます。
ポップス作品だとわかりやすいので2曲紹介してみます。


[終わりが始まりのメロディ]

僕の今いる夜は/秦基博・槇原敬之



このページの57分13秒あたりから聴いてもらえるとわかると思います(その箇所からダイレクトに再生してお聴きになりたい方はこちらをクリックしてください。その部分から始まります)。


もう一曲。


銀河鉄道999/ゴダイゴ



懐かしい。古くてご存知ない方もいらっしゃるかと思いますが、この作品の2分17秒あたりから何度も何度も出てきます(こちらもその箇所からダイレクトに再生してお聴きになりたい方はこちらをクリックしてください。その部分から始まります)。

おわかりでしょうか。メロディが終わると同時に次のメロディ(これら2つの動画の場合は同じメロディを何度も繰り返す)パターンです。


「練習番号L」1小節前は、これらと同じような構造になっている、と考えていいと思います。

しっくりこない理由は、「終わりの音を吹かずに始まりのメロディを吹かせる」という点です。しかもメロディーを演奏している全パートがそうなっています。だれも終われない!



よって、これで何が起こるかと言いますと、フレーズの一部が重なり合った結果「切れ目(フレーズとフレーズの間)」がなくなってしまい、感覚的にブレスが取りにくい。そしてストレスが溜まるという点がまず挙げられます。

例えるなら、定時で仕事を終えて、さあ帰ろうと思ったその瞬間、上司に仕事を頼まれたようなそんな感じ。


なんでこのようなオーケストレーションをしたのか僕はわかりません。演奏パートたくさんあるのだから、いっそのこと「終わるパート」と「始まるパート」に分ければいいのに、と思ったのですが、多分意図したことなのでしょう。




こうすればみんな健康に演奏できるのに!と思ったのですが。


楽譜を改変するわけにはいきませんから、演奏者側としてはとにかくこの箇所は、「まだ終わらないのだ」「ここから新しく始めるのだ」と理解して演奏することです。そうしないと、とても吹きにくく、ブレスができないとか、フレーズを感じられないとか、様々なアクシデントを引き起こしてしまうと思います。


ということで、吹奏楽コンクール課題曲トランペットパート解説2017の最初の作品は、課題曲2「「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼」でした。
次回は他の作品を取り上げて書いていきます。課題曲を演奏されない方にも参考になる内容で書きますので、ぜひ皆様引き続き「ラッパの吹き方」をどうぞよろしくお願い致します。

それでは、また来週!


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at 06:17, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2017

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課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼 前編(吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説)




















みなさんこんにちは!

これまでお知らせしていたように今回からしばらくの間「吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説2017」と題しまして、ブログを書いていきます。

ただ、このブログをご覧いただいているどれほどの方が課題曲と関係しているのか、と考えると、そう多くはないと思うのです。課題曲と無縁の方がしばらくの間置いてけぼりになってしまう記事になりたくないので、できる限り多くの方が参考になる内容にして参ります。ですから、課題曲の詳しい解説…「練習番号◯からはどのように演奏を…」みたいなことはほとんど書きません。

そして、解説する曲の順番はランダムですので、まず最初は『課題曲2「マーチ・シャイニング・ロード」/木内涼』から始めたいと思います。


【パート譜という存在】
吹奏楽を演奏されている方はいつも当たり前に使っている「パート譜」。
しかしこれ、かなり特殊な楽譜です。
僕はツイッターもやっていますが(このブログのbotもあるのでフォローよろしくお願いします!)、先日投稿したツイートに対し、たくさんの方にリツイートやいいねをしてくださったので、掲載してみます。






ということです。
パート譜は非常に効率的にできていますが、必要最低限の情報しか掲載していないぶん、意識をしていないと見落として(聴き落として)しまうことも多々あります。

具体的には自分が任せられている音符をタイミングが来たらミスしないように吹くことに集中してしまいやすく、仮に30名で演奏していて、その全員が自分のパート譜を正しく演奏しようと意識すると、「タイミングに合わせて音を出している集団」になってしまうのです。


イメージが湧きやすいようにこれを演劇に置き換えてみましょう。
役者ごとに受け持つセリフとそのタイミングだけが書いてある台本があったとして、物語の流れや他の役のセリフをあまり理解していない集団が好き勝手なイメージで自分のセリフを言っているそんな演劇が果たして面白いか、ということです。

しかし吹奏楽ではかなりの頻度で起きている現象なのです。

受け持っている音符が作品のそれぞれの場面でどのような存在なのか、それを理解した上で、では自分はどう演奏するかをイメージし、伝えられるように練習する。

そうやって準備して全員で集まってひとつの作品を完成させなければ、合奏というものが

「タイミングずれてる」
「リズムが違う」
「テンポが違う」
「そこはスタッカートと書いてある」
「音量大きい/小さい」

など、楽譜に書かれている情報の再現が正しいのか間違っているのか指摘をするだけしかできなくなります。
これでは本来「音楽」を作り上げるための時間である合奏が非常にもったいないものになってしまいます。


ということで、パート譜はスコアを見ての演奏が困難だから作られたものであり、完全な存在ではないということを覚えておいてください。


【行進曲、という音楽】
さて、この作品はマーチ、行進曲です。
その名の通り、行進するために作られた音楽です。
しかし課題曲のようなこの類いは行進曲という形式を楽曲として演奏する目的のほうがメインなので「コンサートマーチ」なんて言われ方もします。

ではみなさん、「行進曲」を演奏するときに心がけておきたいこと、心がけるべきことはなんでしょうか?

きっと一番多いのが

「テンポが一定、正確であること」

ではないでしょうか。

それでは、正確なテンポをキープをするために、どのような心がけをしていますか?

きっと真っ先に思い浮かぶのが「メトロノーム」ではないでしょうか。


[メトロノームという道具]

先日、

メトロノームは練習に必要か1
メトロノームは練習に必要か2

という二つの記事を掲載したのでお読みいただいた方もいらっしゃるかもしれませんが、メトロノームは確かに正確なリズムを刻み続ける機械ではあります。

しかし、正確なリズムで演奏できるようになるための手段として、「メトロノームのクリック音(カチカチ音)に自分の演奏を合わせる」練習に僕は違和感を覚えます。


なぜならメトロノームというものは「反復運動による点の連続」だからです。


アナログのメトロノームもデジタルでも、そのほとんどが左右に揺れる反復運動をしていて、左右の末端にたどり着いたとき、「カチッ」とか「ピッ」とかのクリック音を発生させます。
言うならばこれは

「規則正しい単なる点の連続」

です。

それに対し、音楽の持っている運動は反復でも点の連続でもないのです。


[フレーズ感と推進力]
音楽の最も重要な要素の中に「フレーズ感」があります。

言葉で考えるとわかりやすいですが、今まさに読んでいただいているこの文章も、文字が並ぶことで「単語」になり、それらが繋がることで「文章」になります。
文字の羅列を一定のリズムで読んでいてもほとんど頭に入ってきません。


ひ と は む い し き に も じ ひ と つ ひ と つ を つ な げ て ぶ ん し ょ う と し て よ ん で い る の で す


わかりにくいですよね。
人は、無意識に文字ひとつひとつをつなげて文章として読んでいるのです。

音楽でもこれは同じ。文字は音符であり、その音符がいくつもつながることで「フレーズ」が生まれます。


「出したその音(音符)は次の音へと向かおうとする力を持っています」

「フレーズの最初の音は、フレーズの最後の音へ向かう意志があるのです」

「フレーズとフレーズはひとつのストーリーを構成するために関係しあっているので、最初のフレーズは次のフレーズに向かおうとしているのです」


ですから、

「作品の最初の音は、終止線にたどり着こうとする意志を持っているのです」


演奏者は楽譜に書かれている音符たちをグループ化し、フレーズとして感じることが必要になります。


[フレーズを見つける方法]
フレーズの構成にはいくつかの基本的なパターンがありますので、それを覚えておくとフレーズの範囲や区切りが見つけやすくなります。
行進曲などのシンプルな構成の音楽は、偶数小節...具体的には2小節や4小節、8小節などでひとフレーズになることが一般的です。

また、2+2+4でおおきなフレーズになっている作品も多いです。

例えば童謡「チューリップ」は、

 さいた さいた チューリップの花が
 並んだ 並んだ あかしろきいろ

2+2+4ですね。


フレーズを見つけやすくするコツとしては、スラーで吹いてみることです。さらに、テンポが速い曲は少しゆっくりと、ゆっくりなテンポの曲は少し速めにすると、自然にブレスをしたくなる箇所や、タンギングをして切り替えたくなるポイントが見えてくるかもしれません。それが「あなたの感じる」フレーズの区切りである可能性があります。

と言うのも、1フレーズ範囲は絶対に1通りとは限らないのです。
なぜなら、2小節という短い範囲を1フレーズと捉えることもできますし、長く16小節と捉えることもできるからです。フレーズはある程度長いほうがのびやかな音楽の流れを感じやすくなるのですが、適度な区切りがないと息苦しく感じたり、飽きてしまう可能性もあります。逆に短いフレーズが連続しすぎると、しつこく感じたり、過呼吸ぎみな演奏になってしまい、聴いていて疲れます。

ではどのようなフレーズの捉え方が最も気持ちいい(と自分が思う)か。それは、朗読や落語、演劇などを参考にすると良いと思います。

人間の最も身近である「言葉」をどのように表現するか、様々な表現者を参考にしてみてください。

そして最終的にどのようなフレーズ感で演奏するかは、プロデューサーでもある指揮者が統一し、決定します。
しかし指揮者だけに全部任せるのではなく、まずは自分が一番良いと思うフレーズで演奏できるように準備しておくことが大切です。


[フレーズ感はメロディだけではありません]
行進曲でよく出てくるパターンに「裏打ち」があります。それぞれの拍の裏に音符が出てくるこのリズムは、ある意味行進曲が行進曲らしく感じる最も重要なリズムではないかと思います。

しかし、これを楽譜化して、さらにパート譜にすると、まるで模様のように音符が並び、とてもつまらないもに感じてしまうかもしれません。
しかし、行進し続けるためには裏打ちが連続する必要があるので、どうしてもこの役を担うパートが出てきてしまいます。

トランペットにもよく出てきますね。この作品にもあります。
この裏打ちを練習するとき、どのようなことを心がけますか?また、どのように練習しますか?

「メトロノームに合わせて正確に刻んでいく練習をする」

これは先ほどの文章を読んでいれば相応しい練習とは言えないとわかりますね。

なぜなら、自分のパートが裏打ちであろうがメロディはどこかのパートが演奏しているわけですから、フレーズも必ずあるからです。
これがパート譜だけを見て演奏していると陥りやすい現象のひとつです。

裏打ちであろうがシンプルなロングトーンであろうが、その場面も必ずメロディがあり、そのフレーズ感の中に自分のパートも存在していることを絶対に忘れないでください。


[スコアの重要性]
よって、自分がメロディを演奏している間はフレーズ感を持ちやすいのですが、そうでない場面でバンド全体がどうなっているのかを知るために非常に便利なのが「フルスコア(スコア)」です。

スコアにはすべての楽器が何をしているのか書いてありますから、スコアでフレーズを確認することが結局一番手っ取り早いですね。

課題曲に関しては、5曲セットで1,000円程度しかかからないので、演奏される方は購入してみてはいかがでしょうか。
研究材料としてはかなりお得だと思いますよ。


ということで、今回はまず「フレーズ」の重要性について書きました。
次回も課題曲兇魃藾佞気譴覆なも、課題曲自体無関係な方も、次回もぜひご一読ください。

それではまた来週!


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at 06:57, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2017

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