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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【5.きみは林檎の樹を植える/谷地村博人】その2


















吹奏楽コンクール課題曲2014

みなさんこんにちは!今回は課題曲5「きみは林檎の樹を植える」の2回目です。今回は曲に沿って解説をしていきますが、その前に2つ、この作品のポイントとなることを書いておきます。


《ダイナミクスと音のリレー》
この作品の金管楽器の役割の特徴として、「一つの大きなフレーズをリレーのように演奏する」という点です。言葉にするとわかりにくいのですが、各パートが、少しずつ吹き始めるタイミングがずれているという点、そして、それらの吹き始めがずれている金管奏者が楽譜通りに演奏すると、ダイナミクス(強弱)はひとつの大きな山の状態になっている(フレーズごとに頂点がある)という点です。スコア(下の写真)を見るとわかりやすいと思います。まるで模様のようですね。

きみは林檎の樹を植える
※画質を落としています。


この場所は5小節目4拍目ウラから始まる金管セクションの動きです。こういった形がいくつも出てきます。

ダイナミクスについて、鉛筆で書き込んだので若干読みにくいかもしれませんが、この箇所ではpからクレッシェンドをして6小節目の後半でピーク(ff)になり、7小節目でデクレッシェンドしてpに戻ります。しかし、それらは各パートによって吹き始めも吹き終わりも違うため、クレッシェンドをする人もいれば、デクレッシェンドをする人もいる、ということです。結果的に、全員で演奏すると、高音域(トランペット)から弱奏で演奏をし始め、徐々に低音楽器に受け継がれていくと同時に、それとは別にクレッシェンド→デクレッシェンドが行われています。まるでジグソーパズルのようなオーケストレーションです。

こういったオーケストレーションの楽譜を演奏する際「フレーズの頂点が具体的に何小節目の何拍目なのか」を予め全員が理解して、(各パートごとに吹き始めのタイミングは違えども)フレーズの頂点に向かってクレッシェンド、そして終息していくデクレッシェンドをはっきりと表現することが大切です。

こういった手法を求められることはめったにないので、まずはスコアを読み、完成した状態がどうなっているのかを理解しておくこと、そしてこのオーケストレーションに慣れることが大切です。


余談ですが演奏開始のタイミングをパートによってずらした効果的なオーケストレーションのひとつに「ベルトーン」があります。これは、ハンドベル演奏のように、ひとりがひとつの音のみを担当し、リズムに合わせて次々と入り、聴く側はメロディが積み重なって聴こえるという独特な手法です。



こちらは吹奏楽や室内楽をやっていると、たまに出てきますよね。
で、この課題曲に出てくるものも、ある意味ベルトーンと言えるのでしょうが、ただ音を伸ばしているのではなく、(同じ音が)細かく刻まれたリズムをそれぞれが担当し、それが積み重なっています。この「リズムが細かい」という点、そして楽器によって2の倍数のリズム(16分や32分音符の同じ音の連続)と3の倍数(3連符の同じ音の連続)が同時進行しているという点、結果としてリズムがきちんと噛み合ない状態が起こっている(でもフレーズが作られる)、ということを知っておかなければなりません。

ただ、楽観的なことを言えばこの作品、金管セクションはこのリレーのような演奏パターンばかりなので(ダイナミクス変化やフレージングはどんどん変わっていきますが)覚えて、慣れてしまえばそれほど大変な楽譜ではない、と感じます。ちょっとパズル的な感覚ですから、形になってくると演奏していて面白いと思います。ちなみに木管楽器はいろいろと動きもややこしく、個人プレーも多くて大変そうですね。


《ブレない音、揺れない音》
スーっと抜けていったり、同じ音でグイっとクレッシェンドしたり、そういう演奏ばかりを求められていますから、こういった作品では「表情豊かにヴィブラートをかけて...」なんてことはするべきではありません。
バロック時代の弦楽器のように、まっすぐに音を伸ばせられる演奏ができることが大切です。完成度の高い紙飛行機がブレることなく、まるで空気をまったく揺らさないで飛んでいるような、あのイメージで音がのびているように吹きたい、と僕は感じています。よって、いかに日々の基礎練習を意味のあるものとして行い、結果を出せているかによって作品の完成度は左右されてしまう、ということです。この作品、別段特殊な奏法も難しい技術も求めてはいません。作品が「いつもの」と違うから、特別な曲のように感じず、基礎的なことが必要(なだけ)と思って下さい。

音をまっすぐに吹く、というのはこの作品に限らず、管楽器奏者には常に求められていることですよね。ロングトーンを練習する際にも、そういった目的も含まれているのではないか、と思います。
その反面、音がブレてしまいやすい人が多くいるのも事実です。なぜそうなるのか、という原因のひとつに「押さえ込みの力をかけてしまう」吹き方があると考えます。音が揺れる→更に力をかけて抑えている。この状態ではどこまでも力を加えていくので、負担ばかりがかかってしまいます。そもそも、力を加えるからこそ筋肉や体のパーツはプルプルと震えてしまうのです。重い荷物を持った時のことを想像すればわかりますよね。
ですから、「余計な力がかかっていないからこそ、その体勢を保っていられる」ということを忘れないようにして下さい。例えば寝ている時、リラックスしている時(悪い姿勢でダラっとしているのは違います)、健康な成人であれば、チワワのように体がプルプルと震えたりしませんよね。

トランペットを演奏する、ということそのものが「力を加える作業」と無意識にでも思い込んでいる方が非常に多く感じます。だからと言って「力を抜こう」と努力するその姿勢も、ある意味「力を加える作業」です(力を抜こうと力をかけている可能性が高い)。ですから、「姿勢やセッティングというものは力をかけて作り上げるものではない」という状態とはどういった状態かを見つけることが大切です。難しいような簡単なような、簡単なようで難しいような。。。

では、曲に沿って解説していきます。5〜7小節目はすでに書きましたので、その後から続けますね。


[11小節目〜/全パート]
音のリレーはここでも行われます。トランペットパートに限定して、更にダイナミクスに着目して書くと、以下のようになります。

11小節目 p < mf
12小節目 mf < f
13小節目 f < ff

というように、3つのリレーが繰り広げる中、強弱の基準が小節ごとに大きくなっていきます。この基準を作るのが1stトランペットです。金管の人たちがそれぞれの音をきちんと聴ける力と姿勢を持っていることが大前提ですが、「1stトランペットがどのくらいの音量で吹き始めたのか」、これを基準にして、その後に続けていかなければ、このアンサンブルは成立しません。ですから、1st奏者は特にダイナミクスについて、慎重かつダイナミックにお客さん全員がわかるレベルで音量差をつける演奏を心がけて下さい。他のパートの人は1stがどういった音量で入ってくるのかを常に聴くようにしましょう。
また、強弱というのはデジベル的要素(音量)だけでなく「音質」「響き」にもこだわりを持った上で演奏すると、より差を出しやすいです。

「質を変化させる」というのは、pの演奏であっても、フワフワの綿のようなサウンドなのか、小さな鉄球のようなサウンドなのかで印象は大きく変わりますね。fでも同じです。

こういったダイナミクスの変化については古典派だとろうが現代曲だろうが関係なく求められることですから、常に強く吹く、弱く吹くではなくて音楽的にイメージを膨らませて表現することにこだわりと楽しさを持って下さいね。


※「騒音のように」という注意書きについて
練習番号「A」や18小節目などの木管楽器に「騒音のように」という注意書きが出てきます。スコアにも解説がありますが、意味として

「遠くから聴こえる騒音が徐々に近づき、そして遠ざかるイメージで。したがって、それぞれの奏者は(騒音の表現という意図において)必ずしも他の奏者と厳密な同期をとる必要はない。(後略)」

と、書いてあります。金管に書いてないから関係ないや、と思わないで下さい。「必ずしも同期しなくてよい」ということは、楽譜に書かれたリズムが合わなくても(=縦の線が合わなくても)いいですよ、ということなんです。そのちょっとグチャっとしている演奏が、イコール「騒音」と言っているようですから、バンドによっては(コンクールですからなおさら)意図的で計算され尽くした「ズレ」を作り上げようとする団体もあるのかな、と思ってみたりします。そういうの嫌いですけどね。
ともかく、その「騒音」が金管に何の関係があるか、というと、木管の縦の線がずれているということは結果的に「金管と打楽器が正確なテンポとリズムを作り続ける責任がある」「テンポやビートの基準は金管打楽器にある」という点です。
この話をした上で次に進めます。


[18小節目〜/全パート]
ここからは3つのトランペットパートが2パートずつの組み合わせによって同じダイナミクス、同じリズムで演奏をしています(2,3rd→1,3rd→2,3rd→1,3rdの繰り返し)。
先程書いたように、金管はできるだけ正確なテンポ感を持って演奏したいので、ここで必要なのは「各自のテンポ感+1st,2nd奏者の積極的なアインザッツ」だと思います。

強弱の正確な指示があるから(どこが頂点なのかわかりやすくしているから)、同じ小節内であってもタイでつながって書いてありますが、結局のところ長さとしては2拍ずつ同じ音をのばしています。他の金管楽器も2拍で動いていることがほとんどですから、安心材料は多いので、自信を持って2拍ずつの自分の出だしの時にアインザッツを出して下さい。
アインザッツとは何か、どう出したら良いのかについては過去の記事「室内楽(アンサンブル)4」を読んでみて下さい。

そして3rdは1stと演奏したらすぐに今度は2ndと演奏して、の繰り返し、どちらとも関係を持っていて、吹きっぱなしです。ですから、トランペットパートのベースを支えている「安定感」は常に3rdに求められています。音がブレることないよう、もしかすると3rdに音質や音量、テンポの先導役を務めてもらったほうが良いのかもしれませんね。3rd奏者の技量次第でしょうか。

ここでもやはり強弱の大きな流れがあります。18小節目から2拍ずつ、ピークが mp→mf→f→ff→f→mf となっていますから、フレーズのピークそれぞれの音量差と音質差をつけられるようにしましょう。気付いたらこの箇所が通り過ぎてしまった、ということのないようにして下さい。この作品、ボーっと演奏できるところ、ひとつもないので神経使いますよね。ずっと集中していて下さいね。


[30小節目/1st,2nd]
フラッタータンギングを要求しています。フラッターは基本的に巻き舌をしながら音を出す奏法で、非常に荒っぽい音が特徴です。しかし、日本人は巻き舌が苦手ない人がいます。あなたはできますか?一緒にトランペットを吹いている方はいかがですか?
この箇所の1st,2ndがフラッターなので、パート割の時にその点も意識しておく必要があると思います。パート割を決めて練習してから「フラッターできません」となってもいろいろと面倒ですからね。フラッターは練習してもなかなかできない人がいるようですから、練習量や、ましてや根性で克服するとかでもありません。それも理解しておいて下さい。


[41小節目/全パート]
この箇所のクレッシェンドはクラリネット、サックスと、トランペット、ユーフォ、テューバ、コントラバスが同じ動きをしています。ということは、これまでのような「トランペットだけ(金管セクションだけ)に求められた強弱の波」ではなく、バンドメンバーの多くが同じ表現をしているということ。強弱の書き方は全員がピークをfとして書かれているのでトランペットだけが突出して大きな音量で鳴らさないように、アンサンブルバランスを意識して下さい。


[62小節目/2nd,3rd]
2拍間での三連符の3つ目の音から2,3rdが先に入り、3拍目のアタマから1stが遅れて入ってきます(サックス、トランペット、ホルン等でベルトーン演奏をしているところです)。ここは縦の線がズレやすい箇所で、しかも曲の最後のほうなので若干集中力が欠けている可能性も否めません。ですから2nd奏者はアインザッツをして、自信を持って入るようにしましょう。そうしないと一緒に入ってくる3rdトランペット奏者+ホルン、A.サックス2ndともずれてしまいますし、1stトランペットが、いつ入ればいいかわからなくなってしまいます。
そうならないためのもうひとつの頼りになるパートが「ユーフォニアム」と「T.サックス」「ファゴット1st」です。この3つのパートは62小節目のアタマから2拍間の3連符を全て動いています。ですから、このパートに乗っかっていけるように演奏すれば自信を持てるはずです。こういったことも、スコアがないとわかりませんよね。
ぜひこの箇所は上記メンバーで集まって、集まった全員が楽譜の書き方がどうなっているのか、その結果どのように聴こえるのかを認識できるよう、特殊なセクション練習を行ってみて下さい。


[68小節目/1st]
ここは金管セクションだけで一緒に入ってくる箇所ですから、金管全体にアインザッツを出せるような意識で自信を持って演奏して下さい。こういう時に「出だしを揃えよう」だけ考えていると、バンド全体でどうしても合わなくなりがちです。その理由は、1小節前の「木管楽器のフレーズの終わり、音の処理がいつなのか」を意識していないと作品そのものの流れがここで一回止まってしまう可能性もあります。結局のところ、ここだけでなく、この曲だけでなく、いつもバンド全体の音に耳を傾けていましょう、ということですね。


[73〜76小節/全パート]
この作品最後のピークです。75小節目に向かってクレッシェンドをしていくわけですが、デシベル的音量変化、音質的変化に加えて「音の重さ」というイメージもあるといいかもしれませんね。材質が変われば質量も変わるわけで、金属的な音質のイメージになった時、その音の持っている重さも変化したとイメージを強く持ち、それを表現できるよう(イメージを強く持てるように)することが大切です。そのイメージが金管セクション全体で持てるといいですね。


[80〜81小節目/全パート]
短い時間でのクレッシェンド→デクレッシェンドですが、ここで注意しなければならないのは、クラリネット、ホルン(+トロンボーン3rd)と同じ動きをしている、という点です。特に、クラリネットとのバランスは意識しなければなりません。
クラリネットは弱奏が非常に得意ですから、風のように音が生まれて去っていくという表現が容易にできてしまう楽器なので(もちろん、奏者レベルにもよりますが)、トランペットとどのくらい表現が寄り添っていけるか、が大事です。ぜひともクラリネットセクションと一緒にパート練習をして、どんな表現をしているのか(できるのか)、間近で聴いてみて下さい。
もちろんクラリネット側が金管のことを理解してもらうことも、必要なんですけどね。


ということで、課題曲5について、作品に沿って解説してみました。
この作品は同じようなフレージング、オーケストレーションを求められ続けるので、特徴を掴んでしまえばそれほど大変ではないかな、という印象です。
しかし、その上で求められる「音をまっすぐのばす」ことや「バンド、セクション、パート」でのトランペットの音量、音質等のバランスに関しては終始神経を尖らせて、繊細に表現の差を付けていくことが求められますので、ぜひとも集中力を高めて合奏に臨んで欲しいと思います。

コンクールでは、この作品の後に続く自由曲がどのような作品、作風なのかによっても、アンサンブルに対する考え方や音の表現(ヴィブラート等)、楽曲の構成に関して、イメージを大きく切り替えなければならないかもしれません。その点に関しても柔軟でいられると良いですね。

こういった曲を経験することは、演奏・合奏レベルの向上にとても良い影響を与えますので、前向きに取り組んで下さい。

それでは、これで課題曲5「きみは林檎の樹を植える」の解説を終了します。
次回は違う作品について書いていきますので、引き続きお読み頂ければ幸いです。

また来週!

当ブログの写真・記事等すべての営利目的による無断利用、ネット上などへの無断転載を禁止します。

at 08:48, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【5.きみは林檎の樹を植える/谷地村博人】その1


















吹奏楽コンクール課題曲2014

みなさんこんにちは!
さて今回からは課題曲5「きみは林檎の樹を植える」について書いていきます。
この作品、課題曲5は大学、職場、一般のバンドのみが選択できるので、うちら全然関係ないよー、という方のほうが圧倒的に多いことでしょう。だからこそ、演奏をしない多くの方にも得られるものがあるよう、様々な角度から解説していきますので、ぜひ読んでみて下さい。


《現代曲という位置付け》
とりあえずこの作品、参考音源を聴いたり、スコアを見たりすると「なんだこりゃ」「細かい!」「(遠目でスコアを見ると)模様?」と感じる方も多いかもしれません。いわゆる「現代曲」と言うやつでしょうか。
ただ、何を持ってして現代曲を呼ぶのか、線引きが難しいんですよね。現代に作られた曲は全部現代曲か、と言われればそれは違いますし。
和音が複雑で、メロディがわかりにくく、表紙やリズムが普通じゃない。結果的に過去の時代の音楽(バロックからロマン派くらい)に一般的だった、楽典や和声学に則った作曲の仕方では「やってはいけない」と言われているような方法を多用している作品を、「普通とは違うもの」という意味合いを込めて「現代音楽」「現代曲」と呼んでいるように感じます。

僕は作曲をしない(できない)ので、えらそうなことを言えませんが、「これまで誰もやったことないことをしよう」という姿勢が強すぎる作曲家の音楽は実験的すぎて面白いと思いません(その楽器の本来の奏法ではない使用による発音、音色の加工などが好きではありません)。五線紙にこれまでの法則で楽譜を書くことのできないことが多すぎるのは、奏者が困るだけの作曲家の怠慢だと感じるからです。

まあ、この話をしていても仕方ないのですが、、、。
ではこの課題曲はどうなのでしょう。


《課題曲5の楽譜を見て》
先程も書きましたが、現代曲の定義がはっきりしないので何とも言えませんが、この作品は少なくとも楽譜上ではおかしな要求をしていませんし、至って普通の拍子だし、その楽器の特徴を活かして書かれているので、とても親切でわかりやすいと思いました。

ただ、スコアの最初に書いてある解説なんですが、「ヘテロフォニーを応用」とか「テクスチュアの創出を望む」だとか、作曲者プロフィールに書いてある「アルゴリズム作曲」「フラクタルを構成原理とする」とか、こういうのがねえ。。。
もっと簡単にわかりやすく言えないのか、って思っちゃいます。アルゴリズム作曲とかは、僕が知らないだけで知っている人には普通なのかもしれませんけどね。
カタカナを会話やプロフィールの中で多用すると、知的な印象を与える反面、聴く気(読む気)がおきなくなるんですよね
そういうのはルー大柴さんにお任せすればいいのです。

はっきり言います(異論は認めます)。管楽器奏者に難しいこと言わんで下さい。アマチュア、音大生、プロ関係なく、楽器を演奏している人は、「楽器を演奏していることが楽しい」「自分の好きな音楽を演奏したい(現代曲が好き、という方もいらっしゃると思いますけどね)」「自分の気持ちを音楽で伝えたい」「ステージで自分の音を聴いてもらいたい」そういった精神的な面を開放することにほとんどの神経を使っているんです。そのための練習時間なんです。
ですから、作曲家の考えている難解な言葉を奏者に要求すればするほど、作曲者と奏者その溝は深まり、理解しようとする姿勢を持たないまま、五線に書かれていることを単に忠実にこなしていくだけの「作業」になってしまうんです。

プロオーケストラで現代作品ばかりを取り上げる公演にエキストラで参加させて頂いたことがあります。作曲家の方々はいろいろ言いたいことがおありのようで、パンフレットの解説には難しい言葉を沢山並べていたのですが、演奏サイドはそんなプログラムをじっくり読んで、作曲家の意図していることを深く知ろうなんてこともありません。ただ単に、自分に与えられたパート譜の音を指揮者の動きを読み取りながらミスしないように吹いているだけでした。周りの方々も「よくわからないね」としか言っていませんでした。作曲家と奏者の温度差。そんなもんなんですよ。

だからもっと奏者が意欲的に演奏に参加できる音楽であってほしいなあと、そう願うのでありました。


《スコアがないと無理》
この作品を演奏するとなった場合、パート譜だけで演奏するのは相当大変なことだと思われます。何度も何度も練習して、少しずつ周りと自分の関係を体感して作り上げていくことになりかねません。しかし、そんな効率悪い練習をするのは良くありません。ですから、まず、ひとり一冊スコアを持ちましょう。1,000円で課題曲5曲セットのスコアが手に入りますからね。買いましょうね楽譜は。楽譜は買うものです。

ひとまず、最初の個人練習の段階ではパート譜で良いのですが、その後パート練習、セクション練習と複数人で合わせることになった場合、最初は(ちょっと小さいですが)スコアを見ながら練習することをおすすめします。スコアを見ることで、横だけでなく縦(他の奏者)の関係が視覚的に理解しやすくなります。
最終的には、もうスコアを暗譜してしまうくらいの状態にしておくことが望まれます。それは、他のパートのメロディまで全部歌えるとか、和声がどうなってるとか、そういう難しいことではなくて、「誰が吹き始めたら、どういう流れでどんなリズムで流れて、どこで音楽(フレーズ)のピークになるのか」という聴覚的にいつでも同じ結果を得られるような暗譜の仕方で充分です。
こういう曲の一番怖いところは、指揮者も含めて誰かがミスをすると、一気に崩壊するリスクが高いという点です。そうならないためにも、すぐに全員が修復できるようにしておくこと(=暗譜)が大切だと思います。この手の曲って、指揮者も振り間違えますからね(笑)


《ダイナミクス》
他の課題曲の時にも書きましたが、作曲者によってダイナミクス(強弱記号)の扱い方が異なります。
大きく分けると「作品としての音量(状態)=全パート縦に見ると同じ強弱記号を書いている状態」を優先して書くか「結果的に求めている音量(状態)になるよう楽器ごとにことなるダイナミクス記号を示している=縦に見ると強弱記号がバラバラな状態」場合です。

打楽器や金管楽器のffと、ファゴットのffでは音量差があるだろうと、金管にはf、ファゴットにはffと書いておくような場合がある、ということです。どんな作品でもまずスコアを見て、そのどちらで書かれているのかを理解しておくと、見えてくるものがあります。

で、この課題曲では、全てが同じダイナミクスで書かれています。

それがわかったら、金管楽器全パートを見ながら読み進めていって下さい。何かわかりませんか?この作品の特徴ととも言える金管セクションの書き方、特にダイナミクスについてどうなっているか、ぜひスコアを見て理解して欲しいのですが、これについては次回の記事で詳しく書いていきます。


《完璧に当てる》
トランペットは音をはずすと、他のどの楽器よりも目立つリスクの高い楽器であることは、言うまでもありません。
しかし、変な言い方ですが、曲によっては少しくらいプルっとはずした程度ではそこまで気にならない、なんてこともあります。
もちろん一度も音をはずさないこと、そういった姿勢で演奏をすることは当然なんですけどね。

今、「曲によっては」と言いましたが、逆にこういったシビアな楽譜の書き方をしていると、音をひとつ外しただけで結構な勢いで残念な結果に聴こえてしまうこともあるんです。ひとりひとりに与えられたウエイトが均一なのでどこかでアクシデントが起こると、そこがよく目立ってしまうんですね。
また、音をはずしやすい曲、とも言えるのですが、こういった曲はそもそもの和声が独特で、単純な「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」のようなものではないからです。ですから、自分に与えられた音や他の人が出してきた音が全体で鳴るとどう聴こえるのか、わかりにくいんですよね。そのため、ソルフェージュ能力を高く持っていたほうがこういった作品は、より有利になります。ここで言う「ソルフェージュ能力」とは、これから出す楽譜に書かれている自分の担当している音がどの高さの音か理解できる力を指します。
全員で構成されている和音どうこうはひとまず置いておいて、まずは自分が出さなければならない音を声に出して歌えるくらいのソルフェージュ力を持つように、そういった練習を積み重ねてみて下さい。

関連記事として「100%の成功率を目指す」も読んでみて下さい。


《メトロノームに頼らない》
こういった作品を練習する時、より正確なリズムを刻み続けられる様に、タイミングを間違わずに入れるようにしたいと思い、メトロノームを使ってパート練習やセクション練習をしがちなのですが、それはおすすめできません。
なぜなら、アンサンブルをする、というのは、奏者同士の耳や目、呼吸を使って音楽を作り上げていくものです。これを演劇やドラマだと思えばわかりやすいと思います。以下、台本です。

A「私がひとりで行く。あなたたちはここで待っていなさい」
B「A、何言ってるの?何であなたがひとりで犠牲にならなければいけないの?私も行く!」
C「そうだよ、みんなでここまで来たんじゃん。最後まで一緒だよ!」

...なんだかよくある展開ですが、じゃあ、この台本を使ってワンシーンやってみましょう、となった時、どんなに素人の人でも、A役は「BとCに自分の意思を伝えよう」という気持ちを持つことでしょう。そしてB役は「Aが言ったことに対して反応する」姿勢でいるはずです。Aが何か言ったから、Bはそれに対して何か言っているのであって、「Aという人物が何を言っているのか特に聞いてなかったけど、喋り終わったから自分の与えられたセリフを読んでみた」では、まったくもってドラマは成立しませんよね。

話を音楽に戻しますが、アンサンブルをする、ということは、別々の楽譜を与えられた人たちが、同じ場所でリズムを数えて順番に吹いたり吹かなかったりする行為では決してないのです。楽譜はドラマで言う「台本」であって、みんながそれぞれ与えられた役があり、関係し合ってひとつの物語を作り上げている、ということを忘れてはいけません。

ですから、メトロノームのようにテンポを機械的に示し続けるだけの道具を使ってアンサンブルをしようとすると、どうしても「メトロノーム対 各奏者1名ずつ」の集団が一斉に同じ曲を吹いているだけになってしまい、会話ではなくなるんです。これでは音楽になりませんし、万が一誰かがミスすると、瞬時に復旧ができず崩壊する可能性も高くなります(台本の自分のところだけを暗記したせいで、相手のセリフを理解していないために起こる事故です)。
ということで、メトロノームは「おおよそのテンポを確認する」ための道具であり、「苦手なパッセージを克服するためのフィンガリング等の反復練習」の時に使う道具である、ということを覚えておいて下さい。

パート練習、セクション練習の時のように複数でひとつの作品を作り上げる練習の時には、お互いの呼吸、演奏を感じ取るように心がけましょう。

それでは、今回はここまでです。
次回は作品に沿って解説していきますので、引き続きおつきあい下さい。

また来週!


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at 07:36, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【4.コンサートマーチ「青葉の街で」/ 小林武夫】その2


















吹奏楽コンクール課題曲2014


みなさんこんにちは!ゴールデンウィーク、いかがお過ごしでしょうか。僕は今日もラッパのお仕事です!いえーい。。。。
あ、今日で最終日なんですよね。土日祝祭日のほうが仕事があるので、大型連休になってしまうと曜日感覚が全然なくなってしまいます。


さて、先週は課題曲4「コンサートマーチ『青葉の街で』」の1回目でした。2回目の今日は曲に沿って解説していきます。
ちなみに、この「吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説」はランダムな掲載順になっています。
現在、課題曲1「最果ての城のゼビア」しかまだ掲載していませんので、他の曲に関しては今後順次書いていきます。少々お待ち下さい。

では、早速進めていきます。


[冒頭4小節間/全パート]
最初の3小節間それぞれの2拍目最初、ズボっと音が下がっています。こういったメロディを演奏する時、演奏者自身は全ての音を均等な音量バランスで演奏していると思って吹いていても、客席ではガタガタとしたバランスの悪い演奏に聴こえてしまっていることが頻繁に起こります。これを僕はレッスン等で「聴衆とのギャップ」という言い方をしています。様々な演奏表現で、これらは起こってしまうのですが、とりあえず以下に挙げることをどんな時にも意識して演奏して欲しいと思います。

■音形も表現も、自分が思った以上に曖昧に聴こえている(やりすぎだろう、と思うくらい大げさに演奏して、やっと普通)
■低い音は高い音より聴こえにくく、短い音は長い音より聴こえにくい


このことをレッスンで伝えても、「それってホントかなぁ」と半信半疑なリアクションをする生徒さんが多いのですが、ぜひコンサートホールでの演奏を客席から録音してみて下さい。少し大きめな部屋で簡易的に録音してみても良いかもしれません(マニュアル録音推奨)。
自分では、イメージ通りに演奏できていた自覚があったのに、録音を聴いたら全然違っていた、ダメだった(演奏が緩かった)、ということがわかると思います。演奏表現はとにかく「やりすぎじゃないか」と思うくらい大げさに演奏して、やっとお客さんに伝わるか伝わらないかというレベルなんですね。

さて、冒頭のファンファーレですが、音の高さは違えども、リズムが同じです。こういったパターンの時、どうしても1小節ごとに田植えのように演奏してしまいがちです。「1小節目、よいしょ」「2小節目、どっこいしょ」「3小節目、よっこらせっと。ふう」こんな感じで演奏すると、聴いている人は最初からいきなり疲れますし、飽きます。「これからこの重い演奏を聴くのか…」と、いきなりお客さんの心が離れてしまうかもしれません。
また、こういった演奏は、奏者自身の疲労も増幅してしまいます。よく、バテることイコール体力、スタミナだけ考えてしまうことが多いのですが、人間というのは何度も同じことを繰り返すと、精神面から疲労を感じやすいものです。まだ最初なのに、これから自由曲もあるのに、バテの予兆なんて感じたくないですよね。
よって、曲が始まったら4小節目のアタマに向かってまっしぐら(テンポは無視しないで下さいね)、フレーズの頂点まで一気にかけ上がっていくように演奏しましょう。

また、1,2小節目の3,4拍目は音を伸ばしています。こう言った動きのない箇所は、どうしても意思や拍感のないベタっとした音になりがちなのですが、そうならないために、自分の音だけでなく、ぜひ木管楽器の短いスケール(音階)や、金管中低音楽器のシンコペーションのリズムを聴いて、一緒にアンサンブルをしているんだ、という意識で演奏を楽しんで下さい。
そうすることで、長い音にも強いベクトルがかかり、前へ進む力がつきます。ですから、この2分音符は音を抜くのではなく、次の小節のアタマの音に向かって突き進んでいるんだ、という気持ちを音で示して下さいね。

以下、ちょっと余談です。

《吹奏楽はすぐに音を抜く?》
最近、やたらと「音を抜く」吹き方をする管楽器奏者を見かけます。中高生だけでなく、その時代からのクセが抜けずにいるのだと思いう音大生でさえも長い音になるとすぐ音を抜く人が多いんですね。
このことについては改めて記事でしっかり書きたいのですが、ここではひとつだけ書いておきます。

「音を抜くというのは特殊な吹き方」です!

この作品で言うならば、冒頭4小節目3拍目のように、「敢えて」デクレッシェンドを書いているこんな時に音を抜くのであって(2nd以外)、基本的には音は持続するものです。

音を抜く奏者が多いことや、合奏で楽譜に書いてもいないのにそれを多用してしまうバンドは、奏者よりも指導をしている先生方に問題があると思います。音を抜くことで語尾が曖昧になり、ちょっとしたことも音量差でごまかせてしまうゴニョゴニョアンサンブル、いかにも日本人好みの表現ですが、非常にみっともないし情けない。変にかっこつけているようにも聴こえるし、なによりも管楽器の持っている得意分野「音の持続」をしないなんて、だったらピアノにでもやってもらったほうが良いですよ。
また、あるバンドでは、「響きのない空間でも残響があるかのように聴こえる」という目的のために、奏者全員が音を抜いているのを聴いたことがあるのですが、絶対におかしいです。響きというのは空間が作り上げる現象なのであって、残響までを奏者が担う必要などあってはならないのです。

ということで、ぜひ楽譜に書かれた音価分、揺らぐことなくしっかり音を持続させる演奏を基本として下さい。またこれについては後日書きます。

先程から冒頭部分で止まってしまい、先に進まなくなっておりますが、ここでまとめて書いちゃうので、もう少しおつきあいください。

前回の記事でも書いたように「アーティキュレーション」を意識して演奏することがこの作品には結構求められていると感じます。特に、「楽譜には書いていないけど、こういうフレーズを演奏する時には、普通こう吹くよね」といった「定型」的なものを、楽譜に演奏指示が書いていないけれど、求められている箇所が沢山あります。しかもこの作品ではその「普通こう吹くよね」がいくつかの可能性で演奏することができるのが特徴と言えます。
沢山の作品を、沢山の奏者と演奏してきた経験値の高い方にはこれで理解してもらえるかと思いますが、、、簡単に言えば、「演奏団体によって同じ曲なのに様々な表現になる」ということです。

ある団体はとてもパワフルに、ある団体はきっちりカッチリと、そしてもうひとつの団体はとてもエレガントに、そういった仕上がりが様々に変化する作品で、それらがアーティキュレーションの使い方によってかなり影響されると思われます。
要するにこの作品は、楽譜上のことだけを演奏しても、塗り絵の色を塗る前の状態にしかならない、ということです。演奏者、指揮者がそこにどんな色をどんなふうに塗っていくのかは自由で、その結果もバンドによって大きく異なる可能性がある、ということなんです。でも、人間の髪だったら、だいたい黒を塗るよね、とか、太陽は赤や黄色、空は青か赤、、、何となく常識的に考えると限られてくるいくつかの可能性ってありますよね。それがこの作品にもある、ということです。
ですから、この作品を作り上げるにあたり、まず指揮者の頭の中で具体的な完成図がなければいけませんし、そのためにはどういった表現方法が必要になるのか、を勉強しておかなければなりません。その上で演奏者に統一された表現方法を伝え、演奏できるようになった上で合奏でまとめていくという計画性を持って下さい。

「最初は各奏者に譜読みをしてもらって、おおよそできるようになったら合奏でまとめよう」という指揮者のスタンスだと、実はこの作品は面倒なことになりやすいんです。特に初心者や経験の浅い奏者(中学生など)は、フレージング、スラーの付け方、アーティキュレーションなど、の楽譜に書いてあることを(悪意はないのですが)無視して自分の吹きやすいように吹くクセが出やすい作品ですから、最初の譜読みの時点で自由に練習をさせてしまうと、各奏者が様々に吹きやすいように加工し始めてしまって、いざ合奏で合わせてみたら統一感のない演奏になる可能性が高いのです。演奏グセは、直す事がなかなか難しく、個人練習の時に直ったと持っても、合奏やステージ上などの緊張感の高い場所に来ると、無意識にクセが出てしまいやすいんです。
ですから、クセを直す無駄な時間を作らないためにも、一番最初の時点で確実な練習をすることをお勧めします。そのためにはもっと早い段階で指揮者が具体的な完成図を持っていなければならない、ということです。

ちなみに、「吹きグセ」というのはどんなものかと言うと、例えば、初心者にありがちなのは、タンギングをせずに何でもスラーで吹いてしまう(特に音が飛ばない箇所)とか、少し自由に演奏できるようになった奏者の場合は、スラーの位置を勝手に変えてしまう(本人が吹きやすいため)ようなものを指します。例えばスラーの付き方ひとつにしても2つの音符に付いている場合と3つの音符に付いている場合では、吹き比べてみると違いが非常にわかりやすく印象が変わりますから、複数で同じメロディを演奏しているのに、ひとりだけ違うフレージングをしていたら合うわけがないのです。
ですから、指導する方、先輩方はぜひ楽譜通りの吹き方ができているのか、逐一確認してあげましょう。

やっと次にいきます。


[練習番号B 1小節前/全パート]〜アウフタクトの吹き方〜
前回の記事でも書いたように、この作品はほとんどがアウフタクトのメロディです。ですから、練習番号Bのアタマからではなく、その1拍半前からメロディが始まっているのですが、こういう時に注意して欲しいのが「出遅れ」です。アウフタクトの場合、特にこの作品の場合は3拍目の後半から吹き始めます。この時、自分パート譜だけを見て「イチ、ニイ、サ!」みたいな数え方から演奏し始めたら、もう完全に出遅れています。

まず「3拍目のアタマまで数えない」ということがひとつ重要で、何よりも大切なことは「他の楽器の演奏を聴く」ということです。当たり前じゃん、と思うでしょうが、自分のパート譜を目の前にして休みの数を数えていると、いつのまにか周りの音がBGMやカラオケのような存在になってしまいがちなんです。耳には届いているけど、心や頭には入っていない状態。まるで同じ演奏している仲間がいることをすっかり忘れてしまっているかのうようで、打楽器のリズムはまるでメトロノーム。それに合わせて「イチ、ニイ」と機械的に数えているだけ。言い方がキツいかもしれませんが、かなりの多くの人が、合奏ではこうなってしまいがちです。

音を奏でている人全員が大切な演奏仲間で、みんながそれぞれ一生懸命に演奏しているのだ、という自覚を今一度掘り起こして、その中に参加する楽しさ、喜びを感じて下さい。そうしていれば、曲の途中から演奏に参加することも、決して難しいことなどありません。

余談ですが、この練習番号Bの2小節前からの木管楽器のメロディが、どうしても「徹子の部屋」のオープニング曲に聴こえてしょうがありません。


[練習番号B〜/全パート]
最初の4小節には「cantabile(カンタービレ/歌うように)」と書いてあって、その後5小節目には「quasi marcato(クアジ マルカート/はっきりと)」と書いてあります。推測ですが、5小節目になったらマルカートで雰囲気をガラリと変えてね、ではなく、カンタービレ要素のまま、マルカート風味も追加して演奏して欲しいのではないか、と思います。

ただ、どう解釈するかは指揮者によりけりです。先程書いたように、この作品の雰囲気を決めるポイントのひとつがここにあると思われます。というのも、このmarcatoをどうやって演奏するかについては、例えばアクセントスタッカートのように少し鋭角な音符の羅列にすれば、かなりの力強さを表現できるはずです。一方、アクセントテヌートのように厚みや圧力を強調する表現にすれば、重厚で堂々とした演奏になるのでは、と思います。どちらが良いか悪いかでもありませんし、作曲者のイメージの通りに演奏する必要もありません。大切なことは、その表現んが聴く人を魅了するかどうかのセンスです。

練習番号Bの最後(20小節目)は、音を抜かないようにしましょう。
「音を抜かないと、他の楽器の音が聴こえない(動きがわからない)」と言う方もいると思います。しかし、そうなってしまうのは音量ではなく「奏者の意識」が問題であることがほとんどで、要するに他の楽器の音や動きを聴いていない、理解しようとしていないから、何も考えずに自分の音をパンパカ吹き鳴らしてしまうのです。これこそがバランスの悪さを生み出している最大の原因です。
自分が演奏している時に他の楽器は何をやっているのかを理解していて、実際の演奏中もしっかり耳に入っていればアンサンブルバランスはまず悪くなりにくいのです。したがって、この部分に関しても木管のスケールやトロンボーンの動き、ハーモニー(トランペットもここではハーモニーを構成しています)、低音や打楽器の演奏、これらを理解しいれば、音を抜くなんて姑息な手段を使ってバランスを取る必要なんてないのです。


[練習番号C/全パート]
参考演奏CDを聴くと、なぜかこの部分のトランペットがやったらデカくて、ちょっとどうなのかと思ったんですが…。確かに吹き鳴らしたくなる箇所ではありますが、音量や音圧で前面にドカドカとしゃしゃり出てくるのではなく、音の形や固さを意識し、表現して下さい。鋭角でスマートな音であれば、他の楽器の演奏している様々な音を邪魔することなく、主張することができます。これが仮に音圧や音量を高めて主張してしまうと、様々な楽器が奏でている「音」を覆い潰したり、かき消してしまいます。結果的にトランペットオンステージになってしまい、最悪なアンサンブルバランスになります。
スコアを見るとわかりますが、この部分は、楽器によって様々な動きをしているんですね。要するにバンドの鳴りが分厚い箇所であり、そしてゴチャゴチャしやすい箇所です。その中でトランペットはどういう存在でいるべきか、それをイメージしてみましょう。これは指揮者というよりも奏者が考え、演奏に反映させる仕事です。


[練習番号D 4小節目/全パート]
このスケールの練習は多分みなさん一生懸命やることでしょう。なので、それについては特に書きません。問題は、そのスケールに入る直前の「タイ」の長さです。先程もアウフタクトの演奏について書きましたが、今度はギリギリまで音符が書いてあります。
先程と同様に、3拍目のアタマまで音を伸ばしてしまうと、スケールはもう絶対に出遅れますから、2拍目の終わりで音を処理して少し早めに動き始めてしまい、時間的にゆとりを持った状態で(音と音の間隔を広めに)吹くとタイミングが合いやすくなります。しかもこうすることで客席には楽譜通りの演奏に聴こえるものです。
そして、この部分もやはり他の楽器、特に木管楽器と打楽器を耳を使ってアンサンブルしていくることが大切です。

ちょっとこれだけではわかりにくいと思いますので、ぜひ過去の記事「タイの吹き方」を読んでみて下さい。譜例もあるので、よりわかりやすいはずです。


[練習番号F/1st]
この部分をどう表現するかで、全体の雰囲気も変わります。真っ当に考えれば、少しボリュームを上げるため(旋律の輪郭を、より明確に示すための補強的な意味も含めての)トランペット1本(1パート)の参加だと思います。「solo」と書いていないことからもそれは読み取れます。実際、一緒に動いている木管が沢山いますよね。
なので、ここは、意気込んで「よっしゃ来たよ旋律!」とか思わなくて良いです。ウザイ。

しかし、考え方はいろいろあって、音楽ってのはどう解釈しても良いと思うんですね(しかし評価されるか否かの全責任は表現者にあります)。要するにトランペットをソリスト的に使ってしまう、というのもひとつの表現方法だと言えます。それが作者にとって、審査員によって、お客さんにとってどういう印象を与えるかはわかりません。でも、ものすごい良い音で吹けるラッパ吹きがいるんだったら、やってみるの価値があるかもしれませんね。責任は取りませんよ。


[練習番号G 2拍前〜/2nd→1st]
スコアを見てもらえればわかりますが、1stがメロディを吹いているので、Gのアウフタクトから来るリズムの最初だけを2ndがトップ奏者的存在で演奏しています。しかし、練習番号Gに入った瞬間から、そのリズムは1stに移動します。ということなので、この部分、2ndと1stがまるで同じ人が吹いているかのようなフレージング、吹き方、音色になるように沢山練習してみて下さい。


[練習番号G〜/全パート]
この部分も練習番号C同様、前面に出てくるところではないと思います。頑張りすぎて急激にバテるポイントでもありますから、注意して下さいね。
さて、この部分のように同じリズムが毎小節続くのは、開放されないストレスから、期待が高まってくるという効果があります。「この先どうなるんだろ、ワクワク」という気持ち。ですから、「ああ、まだ続くよ。疲れちゃったな」と思いながら毎小節吹いていてはいけないんですね。期待を高め、集中力も高めて、練習番号7小節目から更にパワーが高まり、8小節目の1拍目でグッっと音を止められ(強烈なストレス)、それが2拍目で爆発する、という横の流れを強く意識して演奏して下さい。そしてこのメロディ最後の音は「音を抜く」特別な箇所です。


[練習番号I/全パート]
この部分も、この作品をどう料理するかの分岐点になるところです。「Brilliante(ブリッランテ/輝かしく)」をどう解釈し、音で表現するか、しっかりイメージして下さい。テヌートぎみで演奏すれば上品さが、アクセント、アクセントスタッカート、スタッカートを使えばマルカートで力強さが出てくると思います。


[練習番号J/全パート]
冒頭のファンファーレがここでも出てきました。冒頭と同じ表現になるよう、低音域(メロディがくぼんでいる箇所の鳴らし方)には注意して下さい。特に、ここまで来ると集中力や体力が冒頭とは違いますから、それも踏まえて意識して下さいね。


[練習番号J 4小節目/全パート]
1拍目と2拍目の間にある「 , (カンマ)」は、楽譜や作曲者によって使い方が異なります。

ひとつは「ブレス」指示である場合、そしてもうひとつは「フレーズの分断箇所」、もうひとつは「ほんの少しの間(ま)」を作ってほしい」という指示です。これを理解していないと、合奏でおかしなことを一人だけやってしまったり、アンサンブルが乱れてしまうポイントになってしまします。

では、この作品ではどんな意味で使われているのでしょうか。ブレスをするというのはちょっと変ですね。なぜなら曲中、ここ以外には出てきてません。間(ま)を作るというのもマーチですから、ちょっと考えづらいですね(やっても構いませんが)。

したがって「フレーズの分断箇所」の意味で書かれていると僕は考えます。最初の1拍目はその前までのメロディの最後の音であって、2拍目からはその先のメロディの始発と捉えて歌って下さい。
ちなみに、フレーズの分断箇所で敢えてブレスをする必要はなく、ブレスによって演奏が不安定になるのだったら、どこかもっと安定してブレスができる場所を見つけるほうが良いでしょう。これはよく混乱してしまうことなので、覚えておいて下さいね。


[最後の小節/全パート]
トランペットは1拍目で演奏が終わっているので、何となくメロディを「納めて」しまいがちです(少しテンポを遅くして終わるなど)。しかし、スコアを見て下さい。中低音楽器は2拍目まで演奏が続いていて、それがこの作品の最後の音なんですね。ですから、1拍目で演奏が終わってしまうパートの人は、まだ音楽は続いているのだということを忘れずに「吹ききる(音を投げる)」イメージで演奏して下さい。



この作品は、先程も書きましたが表現の仕方によって様々に表情を変えることができそうです。どんな演奏をしようと思っているのか、それを具体化するにはどうすればいいのか、そういった下準備をしっかり行い、全員が統一したイメージを持った上で譜読みに入るように練習すれば、きっと完成までがとても早くなり、そのぶん自由曲にゆとりを持って取り組めるのではいか、と思います。

まずは基本に忠実に、楽譜を表現するという基本、そしてトランペット(管楽器)を演奏する時の基本をしっかりマスターする練習を怠らないようにして下さいね。


それでは、今回で課題曲4「コンサートマーチ『青葉の街で』」を終わります。
また来週!


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at 07:08, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【4.コンサートマーチ「青葉の街で」/ 小林武夫】その1


















吹奏楽コンクール課題曲2014


みなさんこんにちは!
さて、今回から解説する曲は、課題曲4「コンサートマーチ『青葉の街で』」です。
この作品を書かれた方は、プロの作曲家ではないのですね。すごい。


《ザ・課題曲?》
だいぶ昔から、「課題曲というのはこういうものだ!」といった感じのマーチの作風ってありますよね。それらはスーザのマーチのようなものとも違うし、スパークのような作風とも違う。独特な「課題曲マーチ」の空気感と言いますか、なんだか必要以上に爽やかで、想像通りの裏切らない展開。決して嫌いじゃないです。僕は課題曲をコンクールのステージで演奏したことがなかったので(少人数の部活でしか活動したことがなかったから自由曲のみだったんです)、これらのやたら爽やかな「ザ・課題曲コンサートマーチ」に対しては、一種の憧れのような気持ちを持っています。

これらの作品には毒や刺や闇のようなアンダーグラウンド的要素が感じられないので、第一印象がとても良いんですよね(だからこそどれも似たような作品になり、結果的に年度が変わるとすぐ忘れられてしまう傾向にありますが)。「お、いいじゃんこの曲」、こんな印象を持って、その年の課題曲の中から選ぶ人...その多くが学校の先生ではないかと、勝手に想像してみたり。もっと言えば、中学校で音楽の先生がそのまま吹奏楽部の顧問をやっていて(でも管楽器経験はほとんどないピアノや歌出身)、吹奏楽にあまり詳しくないにも関わらず全体の指導も指揮も受け持っているような部活動では、特に率先して選ばれるような気がします(完全に憶測)。いや、決して悪いことだと思いませんし、悪く言うつもりもありませんよ。先生も大変です。

話がそれますが、僕が中学生1年の時、まさしくこの状況で部活をやっていてですね、その先生、ピアノ科出身だったんですけど、ジャズやポップスのジャンルが完全に無知で、ジャズの曲をやっていても、ミュートという存在を知らなかったり、Swingという言葉が何を意味しているのかわからない、という始末で、僕は音源まる暗記でラッパを吹いていたものですから、CDと実際の演奏がまったく違う(Swingしていないタイトな八分の連続)ことに違和感を覚えて先生に言ってみても「私の言う通りにしなさい」と言われて不服。あ、先生って専門分野でも知らないことも沢山あるんだな、と子供心に悟った瞬間でしたが(笑)

まあ、それはどうでも良いのですが、とにかく、アングラな要素って、教育の中に入り込みにくいので(入れたがらない先生が多い)、こういう正統派が好かれる、ということです(憶測)。

曲の決め方に口を挟むつもりはありませんよ。どれを選ぼうが自由。僕もこの曲好きだし。

ただ、アングラ要素がない曲というのは、例えるなら「光が当たらない場所を見せない」ので、非常に視界が狭いんですよね。本来ならば光があるなら影もあるということを知るべきで、そちらにも目を向けるべきなのですが、「太陽ってあったかいよね」「明るさって素敵!」そんなことを連呼し続けているだけって、感情の半分しか出せていない。でもそういう曲だからしかたない。要するに、完成してくるうちにだんだんと見えてくる「世界の狭さ」に行き詰まってしまいがちなんです。
また話がそれますが、子どもの教育に悪いとか言ってテレビやらマンガやらを過剰に見せなかったり規制されたり、そういうのって本当の意味での教育ではないと思うんですよね。正しいものしか見せないというのは、なぜそれが正しいのかを知ることにつながらない=根拠や理屈を教えずに正しさを押し売りしている状態に感じて、それでは意味がないと思うんです。ここで言うことでもないけれど。


《落とし穴》
この作品のように「課題曲コンサートマーチ」が、取り組みやすそう、ウチのバンドでも演奏できそう、などと思っている方(特に選曲を最終決定できる先生など)は、いくつかの注意点(こういった好印象の作品の落とし穴)を知っておいてもらいたいです。


 多くの奏者が自分のパート譜をきちんと吹けるようになった
  ↓
 合奏でテンポを統一して演奏できるようになった
  ↓
 ちょっとメロディのフレージングをつけてみた
  ↓
 バンドのバランスを調整してみた
  ↓
 形になってきた
  ↓
 で、次どうする?
  ↓
 どうしよう...


この過程は音楽を完成させるために通過しなければならない、いわば「当たり前の練習内容」ですし、どんな作品でもこういった展開になる可能性があります。これによってできたことは、「楽譜に書いてあるリズムや音を再現するための過程」でしかなく、いわば枠組みのようなものです(プロの世界では、ここまでは最初の通しで出来ています)。ですから、この先どう作っていくのかが「音楽作り」です。しかし、この手の作品には、自由に作ることのできる要素が少ないので、他の演奏団体と差別化するのが難しいんですよね。しかも、マーチという音楽スタイルのせいで(=マーチの常識的なテンポが自由度を制約させている)、あまり独特なアゴーギグ(音楽表現)を付けることもできず、単調になりがちです。


《音楽のベクトル》
マーチという作品は、そもそもが歩くための音楽であることは周知の事実ではありますが、それが何を示しているのか、というところに着目してみましょう。
歩くための音楽は、「その音楽に合わせて歩く」のではなく「その音楽が人を歩かせる力を持っている」べきだと考えます。歩かずにいられない、という力。それはどういったことかと言えば、このブログでよく出てくる「ベクトル」だと考えます。

ベクトルというのは物理や数学などで出てくる、物が動く力とその方向といったものです。僕はその分野が非常に苦手なのでよくわかっていませんが、僕が音楽で使っているベクトルという言葉は、「前へ進む力」がどのくらいの力を持っているか、という意味なんです。

楽譜をまだ読みきれていない人(楽譜通り演奏できない人)や、目立ちたがらない方、音符をひとつずつ丁寧に演奏しすぎている人、そういった方々は、音楽のベクトルが非常に弱いです。僕はそういった演奏を例えて、「昔の田植えみたい」と言います。昔は苗をひとつずつ田んぼに植えていたんですよね。あの動きにとても似た演奏をしているように聴こえるんです。
田植えでも楽譜は一拍ずつ着実に進むかもしれませんが、音楽的には進んでいることにはなりませんし、実際そんな演奏を聴かされてみれば誰もがフラストレーションを持つはずです。

そうならないよう、マーチは特に、歩かせてしまうほど「前へ進もう」という力を強く意識し、表現しなければいけません。

四分音符ひとつひとつ、八分音符ひとつひとつひとつが「前に行くのだ!」という強い意思を持っていて、その意思を持った音符たちがザザーっと並び、集合体(フレーズ)になった時、非常に強い「前へ進もう」という意思を持った音たちになります。
音楽は、どんな時にも前へしか進みませんから、仮にrit.(リタルダンド)やフェルマータなどの演奏指示が書いてあったとしても、それは後退しているわけでも時間が止まっているわけでもありません。やはり前へ進む力があるんです。

これら「ベクトル」という表現は、「テンポ」とはまったく別物です。ベクトルが弱い演奏イコールテンポが遅いのが原因ではない、ということです。


《リズムを持ったパート》
マーチを演奏する、というと、大概ホルン奏者が苦々しい表情をあらわにしませんか?理由を聞けば「裏打ちばかりだから」。確かに、スーザのマーチのホルンは、ずーっと裏拍の八分音符しか書いていないことが多いんですよね。ついでに言うとトランペットの2nd,3rdもホルンと同じことしてますし、テューバを始めとする低音楽器なんて四分音符しかないし、打楽器もそんな感じです。

ただ、それらのパートがいるからこそ「マーチ」という作品が完成する、とも言えますね。

歩き続くためには、一定のリズムパターンが繰り返されることが必要なわけで、もしこれが突然3拍子のワルツになられたら歩けません。踊れます。

そして、その中でもリズムを担っている最強の権力者がいます。それが打楽器セクションです。
このパートが仮に指揮者を無視して作品のリズム、テンポを演奏し続けたら、指揮者は必要ありません。指揮が何か操作しようとしても打楽器セクションが無視すれば、そのまま演奏が続きます(基本的には)。

ですから、まずは打楽器セクションのベクトルが統一されていることが必須で、そこからリズムパターンを担っているパートが、ベクトルに入り込み、その上でメロディやオブリガード(副旋律)が乗っている、という構図になることが望ましいと考えています。例えるなら、エスカレーターや動く歩道の動力源が打楽器セクションであり、ベルトや踏み板(乗るところ)がテューバなどの低音楽器や裏打ちホルン。そしてその上にメロディという人間が乗っている、という感じでしょうか。人間は乗っている場所の範囲内であれば自由に動くことができます。制約がある中にも自由が残っている状態で演奏する、というのは旋律を担当している時に常に意識して欲しいことです。


《爽やかさを表現する》
この作品自体がとても爽やかな印象を与えますが、演奏者がそれを表現できなければ、作品は爽やかで演奏は暗く重い、というおかしなギャップが生まれてしまいます。それは絶対に避けたいわけで、では、どうしたら良いか考えてみましょう。

表現というのは、もちろん演奏の仕方(吹き方)によっても変わります。しかし、何よりも大切なことは「どんなイメージを持っているか」という点です。
では、爽やかなイメージ、爽やかな雰囲気って、どんな時ですか?イメージできますか?

春や初夏のような、ちょうど今頃の季節は、いかにも「爽やか」です。大自然に囲まれた環境で過ごしていたり、静かな空間でのんびりしたり、風が気持ち良い、日差しが暖かい、そんな快適な環境にいる時、人は「爽やかだ」と感じます。
もしこういった質問をされて回答に困った時、真逆の状態をイメージすると出てきやすいかもしれません。例えば、「不快である」「ストレスが溜まる」「気持ち悪い」そんな時って?といった具合に。思いついたそれらの逆をイメージすると回答が出てきます。

「イメージを持った上で演奏をする」これはどんな音楽でも必ず持っていてもらいたい大切なことです。
イメージすることに正解も不正解もありませんから、ぜひふんだんにイメージをして音楽に反映させて下さい。また、一緒に演奏する人たちでそれらを話し合い、イメージを膨らませて、統一できると、楽曲としてはまとまりやすくなります。


《アーティキュレーション》
ただ、やはりイメージをしたところで、聴いてもらえる人に雰囲気や気持ちを伝えるのには限界があります。そこで、よりイメージを強く伝えるために、沢山の演奏技術や表現技術を持つ必要が出てきます。

アーティキュレーション、というのは基本的には楽譜に書かれている記号、、、アクセント、スタッカート、テヌート、といった「音符ひとつに対して付いている記号」を指します。さらにはソステヌート、マルカートなど、記号に限らず文字で表現することも多々ありますが、結局これらが音符や楽譜に書かれていることで何が変化するのか、と言うと、作品の持つ雰囲気です。

例えば、そこにただの材木があるとします。その材木にスタッカートの指示をした時にどのように材木を加工するでしょうか。例えば、少し硬く角の尖った状態になるかもしれませんね。そういったように、ひとつの塊だったとしても、角を尖らせたり、丸く削ったりと様々な形状に変化させたり、木材から金属のように材質そのものを変化させることもあるでしょう。それらがずらりと並んだ時、ただの材木の連なりだった見た目が大きく変わっていくことは想像できるはずです。
アーティキュレーションを意識的に表現する、ということはその音符を変化させるというだけでなく、結果的に作品全体の(その場面の)印象を大きく変えることにつながるのです。

したがって、アーティキュレーションは「アクセントだからタンギングを強くしよう」と、舌に力を込める、のように単純な作業で解決できるものだと思わないで下さい。「スタッカートが書いてあるから、音を短くすればいいんだ」という安直な考え方からは豊かな音楽性を感じられません。

アーティキュレーションは、強弱記号と同様、その作品、その場面によっても大きく解釈が変わります。ただの音量の大中小ではない、ということはこれまでにも沢山書いてきました。したがって「このアクセントはなぜ付いているのだろう(作曲者はここにアクセントを付けることによって、どのように演奏させようとしたのだろう、結果、どんな音楽になるのだろう)」とまず考え、具体的なイメージを膨らませます。それが正解か不正解かなんてありません。そして自分がイメージしたものを演奏で表現できるようにします。
そうした練習の積み重ねによって、「アーティキュレーションの引き出し」がどんどん増えて、表現力がついてきます。


《アーティキュレーションを統一させる練習》
統一したイメージを持っていることは、ひとつの作品を完成させるためには必要なことです。したがって、様々な場面に合ったアーティキュレーションを統一させたい時は、ロングトーンなどの基礎練習で取り入れると良いでしょう。
例えば、スタッカートという表現も人それぞれで、楽器によっても表現方法が異なります。それらの集合体で表現を統一させるためには、まずイメージを統一させます。「ピンポン球が弾んでいるようなスタッカート」とか、「卵を落として潰してしまった時のようなスタッカート」など。後者はまるで演奏に使えないように感じますが、使える使えないではなく、イメージを音に変えられるかどうかが大切であって、決して無駄な練習ではありません。何でもやってみるべきです。なので、メンバーの誰かに上記のようなお題を何か出してもらって、全員がそのお題をイメージし、演奏に反映させてみる、という練習をすると、頭が柔軟になり、音楽をすること、表現をすることが楽しくなると思います。義務的、作業的な基礎練習はつまらないですからね。


《トランペットパートがマーチの演奏に求められるものとは》
話を戻しますが、やはりマーチを演奏する上で、トランペットの担うところは、「ファンファーレ」「主旋律」「裏打ち」このあたりですね。この作品もまさしくそう書かれていますが、これらに求められるアーティキュレーションは「力強さ」「固さ」ではないでしょうか。要するに、あいまいな音の出し方、処理の仕方をしないことです。そのために必要なことは「アクセント」「スタッカート」をどう表現するかが大切だと思います。
次回の記事で具体的にどのようにアーティキュレーションを表現するか書いていきますが、まずは自由にイメージしたものを自由に表現できるか、今の段階ではそれを沢山練習することが良いのではないか、と思います。


《スピード感》
マーチにはスピード感は必須です。先程も少し書きましたが、スピード感と言っても速度を上げることには直結しません。
先程書いたように「ベクトル」を強く感じ、それを演奏に反映できているか、ということです。ですから、感覚として「重たい」もしくは「軽快」と感じる時には、メトロノームの示すテンポがどうのこうのではなくて、音楽が前に進もうとしているかどうかで変わってくるのです。
曲の練習やら基礎練習やら何やら、やたらとメトロノームを使いまくっている方、バンドは、自発的なテンポ感が薄れてきて、「誰かに合わせる」という自主性のない奏者を作り出し、ベクトルのない演奏が積み重なって「重さ」がどんどん強調され、音楽が全然流れない、という結果になりやすいので、注意して下さい。


《アウフタクトの音楽》
さて、この作品を見てみると、メロディはほとんどすべて「アウフタクト」で始まっています。アウフタクトというのは簡単に言えば「1拍目のアタマから音楽が始まっていない音楽」を指す、と思ってもらえれば良いかと思います。
「青葉の街で」はメロディが3拍目のウラか、4拍目から始まることがほとんどです。これによって何が変わるか、何に注意しなければならないか、と言うと、「メロディ担当以外もアウフタクトを意識する必要がある」ということです。メロディはおのずとアウフタクトのフレージングを意識することになりますが、メロディ以外のパートは、自分の楽譜だけを見ていると、どんなフレーズかわかりません。ですから、自分のパート譜に没頭して合奏をしていると、メロディのフレーズを知ることなく、勝手に音楽を進めてしまう、これが音楽がひとつにまとまらない原因になりがち、ということです。
こちらも詳しくは次回の記事で書いてきます。

ということで、まだこの時期は課題曲を何にするか最終決定をしなくて良いのですから、他の作品も演奏してみて、本当に自分たちのバンドに合っていると思われる作品を見つけられるよう、安易に第一印象だけでこの作品を選ばないようにしてほしいと思います。コンクールが近くなってきてから「やっぱり他の曲のほうがよかった...」では遅いですからね。

それでは、また来週!

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at 07:30, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【1.最果ての城のゼビア/ 中西英介】その2


















吹奏楽コンクール課題曲2014

みなさんこんにちは!
先週より、吹奏楽コンクール課題曲を作品ごとに解説していまして、只今「課題曲1:最果ての城のゼビア」です。
前回は作品の全体像を見た上での印象などを書きましたので、今回は順を追って解説していきます。


[冒頭(1小節目)、7小節目/全パート]
この作品の冒頭部分は拍感が分かりにくく感じませんか?。なぜかと言うと「2拍目にリズムがないから」。テンポというのは、2つ目の拍がいつ存在しているかで決まるので、、、これは別に難しい話ではなく、例えば手拍子をひとつ「パン」と叩いても、それだけではテンポは存在しませんよね。でも「パン、パン」と2つ叩くと、テンポが生まれます。それだけ2つ目=2拍目がどこに現れるのかで、その作品のテンポが決まるはずなのに、この作品の冒頭には2拍目がないのです。しかも、次に動き出すのが3拍目アタマのクラリネットとオーボエ、サスペンデッドシンバル(S.Cym.)なのですが、ここも非常に曖昧な動き出しで、木管は細かな動きを、S.Cymはpからのクレッシェンドということで、拍(テンポ)を明確にするという力はほとんどありません。

そうなってくると、金管楽器群の4拍目の動きのタイミングを掴むのも難しいんですね。難しいというのはテクニカルな意味と言うよりも明確なテンポがわからないまま吹かなければならないという「不安」要素です。冒頭でいきなりずれる可能性があるので、奏者からしてみればこれはとても怖い。

このような周りの演奏がモヤモヤしてアテにならない時は、指針を示す人の存在が求められます。ではそれは誰でしょうか。指揮者でしょうか。

実はこういったところで指揮者に合わせようとすると余計に乱れるかもしれません。なぜなら指揮棒は、確固たるタイミングを示すことができないので、棒の動きの解釈が奏者によって変わる可能性が高く、そして一緒に音を出している人ではないからです。ではどうすればいいでしょうか。ここで活躍するのが「トップ奏者」です。

トップ奏者が「いくぞ!」と合図を出し、周りの奏者がそれに従えば、少なくとも同じ動きで演奏する人たちがずれることを回避できます。
これは室内楽(アンサンブル)でのやりとりとまったく同じです。室内楽(アンサンブル)では、指揮者がいないので奏者間で演奏し始めるタイミングを合わせていくことをしています。
この時の合図のことを「アインザッツ」と呼び、トップ奏者や、作品ごとの音の出だしの責任を担っている奏者がタイミングを出しています。実はこれ、オーケストラや吹奏楽でも、プロの世界では非常に多くあることなんです。代表的なのがコンサートマスター。オーケストラの一番中心で一番客席寄りで、指揮者のすぐとなりにいるヴァイオリン奏者です。
コンサートで、指揮者が入ってきて握手をする人、と言えばわかるでしょうか。コンサートマスターは、言うならば沢山の奏者の司令塔で、すべてのタイミングを司る奏者です。指揮者がどんなテンポで、どんな表現をしたいのかを的確に感じ取り、それを演奏と体の動きで大きく表現し、奏者全員に伝えている人です。ですから、指揮者の棒の動きに各奏者が合わせている、というわけでもないんですよね。そしてこの「演奏と体の動きで表現する」というのは、コンサートマスターだけでなく、各パートのトップ奏者も行っています。

詳しくは過去の記事「室内楽(アンサンブル)4」に書いてありますので、ぜひ読んでみて下さい。

これを読んで下さっている中で、トップを担当している方はぜひとも的確なアインザッツを身につけて、そしてその指示に的確に合わせられるような呼吸をパート内、できれば金管セクション内で持てるようになって下さい。


[練習番号「A」1小節前/全パート]
この箇所はトランペットとグロッケン以外は音を伸ばしているか、演奏していません。トランペットがきっかけとなり、練習番号「A」に入るという重要な役割を持っています。単にトランペットが新しい箇所への入口を築くのであればそれほど気にかけるようなことではないのですが、ここには「rit.(リタルダンド)」が書かれているんですね。それによって大きく責任というウエイトが変化します。
どういうことかと言うと、「いつ、どのタイミングでAのアタマに入るのか」これを明確にバンド全体に(可能であれば指揮者を操れるくらいの力で)演奏によってテンポを指示していく必要があります。

こんな経験をすることがよくあります。アンサンブル等、指揮者のいない編成で演奏をしている時、特に楽譜にはテンポ変化に関する指示等が書いていない箇所で、メロディを受け継ぐために待機して、いざ次の小節のアタマから演奏するぞ、とすでに呼吸(吸気)を始めていると(インテンポで入ってくると確信している状態)、楽譜に書いてもいないのにそれまでメロディを演奏していた人がフレーズを収めてしまうような、要するにrit.をかけて演奏をまとめてしまう表現をすると、(楽譜にはそういった指示がないものですから)体はインテンポで入るように準備が整っているのに、聴こえてくるのはまだまだ演奏途中のメロディ。こうなってくるともう体(呼吸)と頭(耳)が違う状態になり、その後に続く演奏に対して呼吸のコントロールができずに大変なことになるんですね。結果、音を外したり、制御できなくて前の人のメロディとかぶって吹き始めてしまう、なんてこともあります。
もちろん、リハーサルでこれが発覚することがほとんどですから、その後演奏で修正するか、直接口頭で相談するか、何かしらの対処をしますが、それでもやはりこういった「つながる」箇所を楽譜に書いていないことを自分勝手に演奏してしまうのはいかがなものか、と思ってしまう瞬間です。

話を戻します。この箇所には、その「rit.」が書いてあるんですよね。それでいてトランペット全員が同じ動きで(音は違う)演奏しているのですから、責任は重いのです。どれくらい音を伸ばして、どんな「吹き切り方」をするのか、これが明確になるように演奏を心がけてほしいです。そのためにはまずトップ奏者(1st)が自信を持って表現し、それを理解した他の奏者が同じ感覚を持って演奏することです。決してトップ奏者の後から続くのではなく、(意思や表現が)並列になっているように心がけて下さい。要するにトランペットパートという一塊の存在である必要があるんです。

では、具体的にどのように演奏するかはそれぞれの奏者や指揮者が判断することにはなると思いますが、ひとつだけ「オススメできない」表現は、「減衰する音」にしない、ということです。もちろんこの箇所はcresc.(クレッシェンド)が書かれているのでそう演奏するわけないじゃん!と言うかもしれませんが、減衰したように聴こえる表現は、音量だけでなく他の要素からも感じ取られてしまうんですね。例えば「音と音の間が空いている」と緊張感がゆるみやすく、また次の音に行くタイミングがわかりにくいので、周りの奏者には不安を煽ることになりかねません(これもテヌートが書いてあるので意図的に短く演奏する人はいないと思いますけどね)、こうならないためにも、音量よりも「音圧」で表現するように心がけるとわかりやすいのではないか、と思います。

一番のポイントは、練習番号「A」に入るひとつ前の八分音符をどのように表現するか(他の奏者に、次に行くきっかけをどう伝えるか)、ここに意思を強く持ち、表現して下さい。


[24小節目/全パート]
スコアがあればぜひ見て頂きたいのですが、ホルンがひとつ前の23小節目から吹き始めています。そして24小節目に入ってきたその音が、トランペットの吹き始めと同じ音なんですね。具体的にはHr1,3がユニゾンで、Trp1に音(メロディ)が引き継がれ、Hr2,4がユニゾンでTrp2に音が引き継がれています。実はこの作品、こういった箇所が他にもあって、メロディがひとつのパートで完結していないことが多いんです。しかし、トランペットのパート譜だけで見ていると、あたかも24小節目からメロディが始まっているように感じますが、実はそれよりも前からずっと続いているメロディを引き継いでいる、もしくは途中から参加している、ということを忘れないようにして下さい。ですから、実際のところ、練習番号「A」から始まったメロディが様々な楽器に引き継がれたものが途中でトランペットにもまわってきて、一緒に参加しているにすぎないのですから、「よっしゃ来たで主旋律!」とか、いきがって演奏すると、とたんにデコボコしてしまってバンド全体のバランスが悪くなる可能性があります。そうならないように合奏までにスコアをしっかり読み、可能であれば、メロディを担当している楽器のトップ奏者だけでいいので、変則的形態での練習をしてみて下さい。この箇所だけでなく、すべての同じような箇所について練習して下さいね。


[28小節目/全パート]
ここで一旦トランペットがメロディ担当から外れます。そこで、「A1小節前」に書いたことを思い出して下さい。ここは自分の演奏が終わるからと言って、メロディが終わるわけではない、ということです。ですから「言い切る(まとめない、収めない)」「他の楽器にバトンを渡す」こういった意思で演奏するように心がけましょう。


[30小節目/全パート]
またメロディとして参加します。しかし、ここで意識して欲しいのはバランスだけでなく、リズムです。


※ちなみに、この部分は92小節目の一部です。


この6/8拍子特有のリズムは、非常に多くの作品に登場しますが、意外に難しいものです。A.リードの序曲「春の猟犬」では最初から最後までこのリズムでバンド全体が埋め尽くされていますし、管弦楽では昔から「狩の合図」そこから派生した「ファンファーレ」などで非常によく出てきます。室内楽をよく経験されている方は、フィリップジョーンズブラスアンサンブルの「ロンドンの小景」1曲目「ロンドンは呼んでいる」が思い浮かぶかもしれませんね。

課題曲1を演奏するのでしたら、ぜひバンド全体がこのリズムを完璧に同じ表現にできるまで徹底的に練習することをおすすめします。したがって、基礎練習(音階練習など)でこのリズムを採用してみるのも良いかと思います。

具体的にどのような表現方法で演奏すると良いか、簡単に言うと、最初の付点八分音符を引っ張って演奏しないことがひとつ挙げられます。これをしてしまうと、ひとつ目の音が間延びしてしまい、非常に緩んだリズムになってしまいます。ですので、大げさに言えば、次の16分音符との間にほんの少し隙間を作って上げるようにすることを意識して下さい。ただし、音を止めてしまうのではなく、「ジャンプ」をしているイメージ(滞空時間があるイメージ)を持つことが良いと思います。

過去の記事に付点音符の演奏イメージを掲載したのでこちらにも載せますね。

付点解説
※音楽は、ひとつひとつを順番に鳴らそうとか、バラバラだった音符が単に横に並んでいると考えずに(そう考えると流れが生まれにくい)、音符の上のマリオのようなキャラクタが歩いたりジャンプした時、そこにある音が鳴るようなイメージだと演奏に流れ(=ベクトル)が生まれ、フレーズ感が出てきやすくなります。

詳しくは過去の記事「付点音符の吹き方」を読んでみて下さい。

そして、うしろにもうひとつ八分音符が付いているこの作品に頻繁に出てくるリズムの場合は、うしろ2つの音符をスタッカート(+アクセント)で強めに固く演奏するとサマになります。このリズムは、どうしても最初の付点音符が間延びしやすく、そして目立ってしまい、尻すぼみな演奏になりやすいので、意識的にうしろ2つをはっきり目立つように演奏してください。そうして大げさな音の形を表現することによって、やっと客席には3つの音が均等に並んでいるように(至って普通に)聴こえるものです。

こうした奏者と聴く人とのギャップは様々なところで出てきますので、ぜひ過去の記事「聴衆とのギャップ」を読んでみて下さい。指摘されて「ちゃんと吹いてます!」という反論はまったく意味のない行為なんですよ。常に客観的に、お客さん(客席)にどう聴こえているか、どう感じてもらったのか、それが全てです。


[練習番号Bに入ったら/全パート]
練習番号「B」は音符がありませんが、その後の41小節目のmute(con sord.)で慌てないために、このタイミングで膝裏に挟むか、左手で持っておくようにしましょう。

ミュートの素早いON、OFFについては過去の記事「ミュート1」をご覧下さい。


[39小節目/1st(2nd)]
この箇所のように唐突に高めの音(1st、人によっては2ndも?)を当てる時、どうしても心がひるんでしまったり、気持ちを強く持ちすぎて空回りしてしまい、結果として上手く当てられなかった、という経験はトランペット吹きなら一度はあるはずです。

結局のところ、この経験をよくする方は、ハイノートを「力で解決する」パターン(たとえそれが無意識だったとしても)がほとんどです。しかし、ハイノートに特別な力を必要としません。大切なことは「息のスピードを上げるための的確なセッティング」「ソルフェージュする力」「冷静な精神」です。

更に、ffやppなどの極端なダイナミクスが書かれていると、必要のない力がかかってしまいがちですので、ぜひ過去の記事群「ハイノート」カテゴリを沢山読んで実践してみて下さい。

ハイノートを的確に吹くための最大のポイントは「舌と顎の位置と使い方」です!息のスピードが速くなれば、音は高くなる、とまず冷静に考えて下さい。では、息のスピードを速くするにはどうすればいいか、それを考えて下さい。あとは過去の記事で。


[49小節目/1st,2nd]
この部分は本当にイヤですね。クラリネット1,2番が完全に同じ音、同じ動きですが、他に演奏する人はが誰もいません。
吹奏楽でのクラリネットは人数も多いですし、何よりトランペットパートと距離があります。それでこの素早い4つの音を合わせるというのはリスキーです。
しかし、じゃあ吹かない!と言えるわけもありませんから、何とかしないと。

合奏の時に何とかして合わせようという考えでは、他のパートの人たちを待たせてしまい、非常にもったいない時間の使い方をしてしまうので、それは回避したいところです。
したがって、クラリネットの人たちと合奏前に一緒に練習をしてみて下さい。その時、クラリネットはさらに2小節前から1stがsoloやら何やらやっているので、そこからの流れを共有するようにしましょう。もはやこの箇所は指揮者に合わせるなどという必要はなく(無視はダメですが)、パート練習で得たタイミングを信頼し、完全にアンサンブルをしている、という自覚で演奏するようにしましょう。クラリネットの人にアインザッツを出してもらえるようにお願いしてみると良いと思います。
最初は近い距離で練習し、慣れてきたらすこしずつトランペット奏者がクラリネットから離れていって下さい。そうして、合奏の時と同じくらいまで離れてもタイミングを合わせることができれば、合奏で怖いと思わなくなるでしょう。

また、トランペットはこの2つの音のスラーが続く楽譜を上手に演奏するのが苦手な方が多いです。ぜひこれと同じようなリズム(フレージング)を音階などでも用いて、基礎練習のひとつとして毎日吹いてみて下さい。

そして、この箇所のもうひとつの特徴は、クラリネットはpiu f(ピウ・フォルテ=フォルテよりも大きい)に対し、トランペットはmpという点です。このように同じ動きなのにダイナミクスが違うというのは「作曲者本人がある程度のバランスに対して配慮している書き方」です。要するに、客席に聴こえてくる音量バランスとして、クラがラッパに負けて欲しくない(=同じレベルで音が聴こえてほしい)、という意思の表れです。
作曲家によっては、そう思っていても楽器関係なくまったく同じダイナミクスで統一している方も沢山います。その場合は、楽器ごと(奏者ごと)に持っている勝手なダイナミクスバランスでfとpを吹き分けるのではなく、全体のバランスとしてのfやpであると考えて下さい。したがって、スコアを見た時、ある箇所でバンド全体にfと書いていた場合、「音楽(作品)のテンションがfである(音楽としてのテンションや音量バランス)」と理解します。
そして、この箇所のようにスコアをタテに見た時に楽器ごとにダイナミクスが異なっている時は、「それぞれの楽器に対して音量バランスを個別に要求している」と理解して下さい。


[50小節目〜練習番号「D」1小節目/1st,2nd]
このG.P(ゲネラル・パウゼ)のタイミングで(急いで)ミュートをはずすことになりますが、慌てて外すと「カン!」とベルに接触してしまいかねません。できるだけ慎重にはずしましょう(かと言って慎重にねじった時に「キュ」とか言うのもイヤですけどね)。
また、G.P.というのは基本的に「無音の空間」「時が止まったかのような空間」でなければならないので、特に生演奏の時は意識して欲しいのですが、奏者がフラフラしていてはG.Pにならないんです。まあ、どんな時でも舞台上でフラフラしているのはダメですけどね。G.P.は「間(ま)」という音楽なのですから(音がない、ということも音楽です!したがって休符も音楽です!)、そこで視覚的に動きが見られるのは、G.P.にならないと考えて下さい(舞台にいる全員が理解していなければなりません)。でもミュートははずさなければならない。そのため、できるだけ小さなアクションでミュートをそっと外し、次の練習番号「D」の八分音符を吹き終わるまではミュートをおろさないほうが(手に持ったままのほうが)無難だと思います。


[練習番号「E」〜/全パート]
このあたりから、トランペットがトランペットらしい目立ち方をしはじめます。だらしない演奏にならないためにも、統一感のある演奏をしていきたいものですが、具体的にどうするかと言うと、「八分音符をスタッカートで固く」という方向性が良いと思います。楽譜にはスタッカートが書かれてはいませんが、この場面の音楽が持っている力強さを表現するためにはそれが必要です。そして、八分音符がスタッカートであるぶん、対照的に四分音符はしっかりとベクトルの強いテヌートを意識し、しっかりのばすようにこころがけて下さい。


[109〜112小節目/全パート]
このメロディの実音Ges(記譜上ラのフラット)と実音Des(記譜上ミのフラット)の、Bb管で演奏する時の運指「2,3」はよく使う運指の中でも特に鳴りにくく、この箇所のように素早い動きの中にこれらの音が出てきた時、相当意識的に音を出さなければ、まず間違いなく埋もれてしまいます。そうならないためにはまず、これらの音の「ツボ」を見つけること。そして音の流れの中で「ツボ」からずれないで音を並べることができるようになることが大切です。決して乱雑な演奏にならないよう、客席に楽譜通りのリズム、音が聴こえているのか、ということを常に基準になるよう、演奏して下さい。

また、この箇所は108小節目までのクレッシェンドからff、が一旦fに戻っています。しかし、ffからfになったからといって、演奏が弱くなったり、勢いがひるんではいけません。それまでのffから仕切り直して演奏を再開する、という意識で演奏して下さい。

音のツボに関しては過去の記事「ハイノート(ハイトーン)へのアプローチ6」を読んでみて下さい。


[118小節目/1st,2nd]
この部分も1小節前からメロディが引き継がれています。24小節目同様、トランペットパートだけで適当に吹かないように気をつけましょう。


[136小節目アウフタクト〜/全パート]
先程、ダイナミクスも作曲家や書き方によって解釈が違うと解説しましたが、クレッシェンド、デクレッシェンド(ディミヌエンド)に関しても、そういったことがあります。
この部分のクレッシェンド、デクレッシェンドは、単なる音量の変化ではなく「メロディ(フレーズ)の頂点はどこか」を視覚的に指示していると見て下さい。
そう考えることで、137小節目のアタマが最初に頂点になり、音楽の重さがここに集中しています。そして、その後molto(=非常に)が付いた上でクレッシェンドが書いてありますが、ただ、その後トランペットは演奏をしていません。このような時はすぐスコアです。スコアを見ると、高音の木管楽器群(+シロフォン)が演奏しています。しかも、その吹き始めはsfz(スフォルツァンド)。ですから、この部分に向かってバンド全体がフレーズ(メロディ)のテンションを上げていく(木管楽器にバトンを渡す)意識を持って演奏して下さい。


[158小節目〜最後/全パート]
前回の記事でも書きましたが、普通の感覚でこういった作品を聴いていると、まさかここで終わるとは!という印象を持つことになるはずです。

「…???あれ?終わり?え?」

と、お客さんが「ざわ…ざわ…」とならないように演奏することが必要です。では、どのように演奏すればいいのか。その答えはひとつではありませんし、どう考えるか、どういう印象を与えてこの作品を終えるのか、そういったことでも変わってくるはずです。

ひとつだけ言えることは「この先が気になる!」という気持ちを持ってもらうことで、それが単なるストレスではなく「魅力」「期待」であるように心がけることだと思います。ですから、「早々と切り上げる」のはちょっと違うかな?と個人的には思います。あとはみなさんと指揮者で考えて、表現してみて下さい。

何にせよ、この作品はアンサンブルする力も非常に必要ですし、作品をどう料理(解釈して演奏)するかも、非常に難しいです。
楽譜に書いてあることを単純に表現していても何も面白くないと思いますから、ぜひお客さんを楽しませる「映画の予告編」的演奏をするようにイメージをふんだんに盛り込ませて、ある意味大げさに、そして明確に表現して下さいね。


それでは、課題曲1「最果ての城のゼビア」の解説を終わります。
また来週!


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at 06:30, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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