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料理人とプレイヤー


















みなさんこんにちは!
学生のみなさんは夏休みも終わって学校が始まっているかと思いますが、学校生活もだいぶ慣れてきたんじゃないですか?
というか、吹奏楽部などに所属している人は夏休みこそ練習ですから結局ずっと学校に行ってたのかもしれませんね。
自分自身がそうでした。授業がないってだけで夏休みも結局毎日学校に行ってた記憶があります。

さて、先週までだいぶ長い間タンギングについて書いてきましたので、今回はちょっとダラダラ書いてみたいと思います。よかったらおつきあい下さい。

--------------
自分はこれまで沢山の学校などでトランペットのパートレッスンや合奏の指導をしてきました。部活全体の指導を定期的に見て、もちろん指揮を振り本番も出るという学校もありました。毎週部活に顔を出して全体指導をするというのはトランペットを吹いてきただけでは得ることのできない沢山の貴重な経験になりました。


《受け身の姿勢では上達しない》

そんな学校で「料理人とプレイヤー(演奏者)はとってもよく似ている」ということを合奏中によく話していました。

この話は部員が「合奏で先生が何か教えてくれる。合奏で上手になれる。さあ何か教えて下さい。」という姿勢が見えてきた時にしていました。
もちろん合奏の時間は貴重です。この時間は得るものが非常に多いですし、吹奏楽やオーケストラをやっていて一番楽しい時間であることは間違いありません。

しかし、逆に言えば個人個人が最低でも曲を通せるところまで練習をしてきていなければ合奏は成り立たないものです。「その部分はよくわかんないから吹けません」という理由で途中でトランペットの音がなくなっちゃったら合奏はそこでストップしてしまいますよね。
そんなことになってしまったら、合奏の時間にいつの間にかトランペットが指揮者に捕まって、個人レッスンやパートレッスンの時間に変わってしまいます。そうなると他の楽器の人たちはすることもなくなって単にイスに座ってボーっとしている無駄な時間になってしまいます。
これは非常に能率の悪い活動時間ですし、みんなにとっても迷惑をかけてしまっています。

その状況を演奏者全員が「これはみんなに迷惑をかけている。ヤバい、練習もっとちゃんとしなきゃ。」という気持ちになれるのなら、きっとその部活は上達していくと思うのですが、やはりなかなかそうもいかないみたいです(自分がこれまでに経験してきたものを見る限り)。
で、最初に言った「合奏で先生が何か教えてくれる」という若干言い訳的な考えを持ってしまうと一番よろしくないのです。

これは完全に「受け身」の姿勢ですよね。「さあ何か教えて下さい」「私を上手にして下さい」という考え方では音楽だけでなく何事にもステップアップをするのは難しいのです。


《授業》
でもこれはある意味しかたのないことなのかな?とも思うんです。
それは、我々は小さい頃からずっと学校で「授業」という形式で勉強をしてきたからです。授業は基本的にひとりの先生が大勢の生徒に何かを伝えるという形で行っていますから、知らないことを教わる時にこの姿勢にみんながなってしまうのは無理もありません。

要するに、時間になると先生が教室に来てくれて、先生が黒板に何かを書いて話をして。。。。

授業というのは、だま〜ってじ〜っとしているだけでも(100%受け身の姿勢であっても)とりあえずは成り立ってしまいます。

少なくとも小学校1年からこの形で学んできたのですから、それが部活であろうが音楽であろうが同じ姿勢になってしまうのは無理もありません。エラそうに言ってる自分だって以前はそうでしたから。しかも都合の悪いことに吹奏楽やオーケストラって、指揮者を中心にほとんどの人が同じ方向を向いて椅子にすわってるじゃないですか。授業の形態そっくりなんですよね。

しかし、音楽や芸術の分野ではこの姿勢だとなかなか上達できないのです。


《料理の話》
そこで最初に書いた通り料理人の話をします。

みんなは例えるなら料理人だよ、と。○○吹奏楽部という名前のレストランを経営している料理人の集団。
コンサートがあるとお客さんがそのレストランに来てくれて、自分たちが作った料理を食べてくれる。おいしければ感動してくれるかもしれないし、拍手を沢山くれるかもしれない。逆においしくなかったらそれなりの反応になってしまうだろうし「またこのお店に来たい!」という気持ちになってくれません。

料理をおいしく作るためにはとても沢山の技術や知識が必要になってきます。例えば包丁の持ち方がわからなければ具材を切ることはできませんし、その包丁ひとつ取っても実に様々な切り方(=その料理に合わせた切り方)をしなければなりません。そして料理をする上では包丁だけでなく沢山の道具を使いこなせないと料理の幅は広がりませんよね。

魚とか肉とか野菜とか、沢山の食材を持っていてもそれをおいしく調理するにはどうしたら良いのか、それがわからないようでは何もできません。

盛りつけも料理に合わせたものができないとせっかくおいしくできても台無しになってしまいます。ざるの上にパスタが乗ってたらびっくりです。

そもそも、「おいしい」というのがどういった味なのか、これがわからないようでは料理は作れません。研究が必要ですよね。人気店の味をリサーチしてみるとか。


この意味がわかりますか?音楽と非常に似ている、というかまったく同じことです。

包丁の使い方というのは、楽器の吹き方であり、具材を様々な形に切るというのは音楽で言うテクニカルな面です。楽器に関する様々な知識を持っていて、それを使いこなせるように日々練習を積み重ねていく必要がありますね。テクニックの引き出しを沢山持っていないと「この曲のこの部分は演奏できませーん」って、なってしまいます。

魚や肉、野菜をおいしく調理する、というのは様々なジャンルの音楽を演奏できるか、ということでしょう。吹奏楽曲もオーケストラ作品も、ジャズもポップスもすべて同じようにしか演奏できないのでは面白くありません。また、ジャンルだけでなく作曲家やそのお国柄、作品の内容とか作曲された時代や背景など、音楽は1曲1曲違うスタイルがあるはずです。それらの作品を一番良いものにするためには、それぞれの具材が一番引き立つ調理方法を知っているかどうか、これも大切なことです。

料理での盛りつけ、というのは合奏練習を重ねて最終的にお客さんのテーブルへ出すことと同じです。これまでに作ってきた様々な料理を一番おいしそうに完成させるんです。定期演奏会のようなコンサートの場合はフルコースですから、お客さんに出す料理の内容(=プログラム)や順番(=曲順)なども非常に重要になってきますよね。

もっと根本的なところで、「おいしい」=「良い音楽」というのはいったいどういうものなのか知る必要がありますよね。そのためにはリサーチが必要です。わけもわからずただひたすら楽器を吹いて練習みたいなことをしていたところで、「良い音楽とは」という具体的なイメージや目指すものがないようでは意味が無い、ということです。ですから、いろんなコンサートを生で聴いて、いろんな一流の演奏家のサウンドを聴いて「良い音」「良いコンサート」「良い音楽」という目指すものをしっかり持っていなければいけない、ということです。
ただひたすらキャベツの千切りをしまくっただけのおいしさがわからない料理人の作ったメニューって食べたくないですよね。

調理器具は楽器。
食材は楽曲作品。

料理人はこれを駆使してお客さんに喜んでもらうために日々努力や研究をする必要がある、ということです。


《指導者の立場は?》
では、指揮者や指導者は料理の世界だったらどんな立場の人なのか。

それは、スーパーのような小売店だったり、卸(おろし)業者だったりします。養豚場の人かもしれないし、漁師さんかもしれませんね。料理研究家みたいな人もたまにいます。

要するに「食材や道具を提供してくれて、その使い方を教えてくれる人」もしくは「レシピを教えてくれる人」です。

楽器を初めて手にしてから、音が出せるようになって、そのうち曲が吹けるようになるまでの過程を誰にも教わらず何の情報も得ないでたったひとりで克服できる人というのは極めて稀(まれ)です。ほとんどの場合、アドバイスをしてくれる人がいてこそ、成長できるのです。

包丁を与えてくれて、その持ち方や使い方を教えてくれる。肉や野菜を提供してくれて、その調理方法やおいしい料理のレシピを教えてくれる。
そうやっていくうちにだんだんと作れる料理が増えてきて、味付けも上達して、お客さんにいろいろなメニューを提供できるようになっていきます。

でも、スーパーや卸業者はお店の中にまでは入ってきません。あくまでも道具や食材のことを教えてくれたり与えてくれるに過ぎないのです。

料理研究をしたり、実際に調理したり、そしてお客さんに作ったものを食べてもらうすべてのことは料理人の仕事です。ここは自己責任。おいしく作れるかどうかは料理人の腕(=どれだけ研究や練習を重ねてきたか)に関わるのです。


この意味、わかりますよね?

指導者はいろいろな知識や吹き方を教えてはくれますが、最終的には演奏者が自分自身で練習して完成させるところまでいかなければなりません。
ですから最初に書いたように、先生が上手にしてくれるだろうとか、さあ何か教えて下さいといった「受け身の姿勢」では一向に上達できないのです。

そしてコンサートというステージだけが本番だと思ってはいけません。
合奏やレッスンを受ける時も同じように本番だという自覚で臨むべきです。

要するに毎回の合奏、毎回のレッスンまでに自分自身ができる最大の努力をして「これ以上は自分の力ではもう何もできない」というところまで来たものを先生や指揮者に聴いてもらうんです。そこまで努力した結果を評価してもらい、良いところは認めてもらえるし、もしも間違った方向に行ってしまったのならそれを修正してもらえます。そうすると、その時のレッスンで前進したぶん、新しい世界が見えてきて、次の課題が見つかります(先生に次の課題を与えてもらえます)。そして次の合奏やレッスンまでにその課題をクリアできるようにまた最大の努力をする。

これが練習とレッスンの流れの理想です。


結局、研究したり練習したりするのは自主的で能動的なものなんですよね。


ちょっと難しく書いてしまいましたが、受け身にならずに練習は自発的にやりましょうね、ってことです。
何かを教えてもらおうと思うのではなく、自分の練習の成果を評価してもらえる場にしましょうね、ってことです。

自分で一生懸命練習した成果を先生に聴いてもらって褒められるってのは気分が良いですよ。


ということで今回は料理について書いてみました。違うか。

なんか食べ物のことばかり書いてたらお腹すいちゃいました。
若干ダイエット中なもんで。

それではまた来週〜。


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at 05:43, 荻原明(おぎわらあきら), 練習に対する考え方

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