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言語化されたアドバイス


















みなさんこんにちは!


みなさんはレッスンなど、これまでにトランペットを誰か(本なども含む)に教わった経験が一度くらいはあると思います。

特に奏法面について話題になったとき、言われた通りやっているのに結果が伴わなかったり、何だかしっくりこない、場合によっては「それは違う」と指摘され、「言われた通りやってるじゃん!」なんて思ったり、そんな経験はありませんか?

なぜこのようなことが起こるか。それは

「奏法を言語化しているから」

要するに「言葉で伝えている」ということです。


《レッスンとは》
レッスン(教わる)とは、

・先生の生演奏を目の前で独り占めできる
・自分が持っていない表現方法や奏法について教えてもらえる
・自分の演奏や奏法について指摘をしてくれる(認められたり修正してくれる)

このような、いわばかゆいところに手が届く時間です。

そしてそのレッスンでは必ず「言葉」が使われます。
しかし、音楽において、とくに奏法について言葉を用いるのはとても難しいことであり、上手く伝達し合えていないことが多々あるのです。


《結果は同じでも》
例えば、以下の言葉を先生が言ったとしましょう。あなたはどのような印象を受けますか?

 1.顎関節(がくかんせつ)を使う
 2.口腔内(口の中)の容積が大きくなる
 3.上下の歯が遠のく
 4.「オ」と発音する

いかがでしょうか。これらすべての表現が、簡単に言えば「口を開ける」と捉えることができます。
言葉による表現はこんなにも変えることができてしまうのです。

アドバイスをするとき、先生は生徒さんに一番意識してほしいからだの部分(話題の中心)をまっさきに口に出してしまうのはよくあることです。よって、結果的に同じうごきであっても、状況によって単語のチョイスを変えてくる可能性は充分にあります。

しかし、これは教わる側にとって困惑する要因です。
どうしても強調された単語を教わる側としてはクローズアップして捉えてしまい、人によっては本来人間の持っている自然なうごきができなくなる場合があるからです。


《言葉には順序がある》
ここで、ゲームセンターなどにあるUFOキャッチャー、あの動作の一部分を言語化してみます。

『ボタンが押されると、電気信号によってアームのワイヤーが反応し、左右に移動する』

専門家ではないので細かなところはご容赦願いたいのですが、このように言葉で解説すると必ず順番に並べる必要が出てきます。


ボタン→押す→電気が流れ→アームのワイヤーが→反応したら→左に→もしくは右に→移動する


実際に我々が目にしているUFOキャッチャーの動きは、このようにひとつずつ順番に行われるというよりも、すべてが同時に反応し、動いています「ポチ,ウィーン」といった感じ。「ポチ」と「ウィーン」すら順番ではないくらい視覚的には同時発生的ですよね。

だからと言って、文字を重ねてしまったら読めないし発音できないし理解できません。うごきを文字に起こしたときのジレンマです。

そもそも、人間の目には「ボタンを押したらアームがうごく」しかわかりません。知識がなければその中の構造もわかりませんし、わかる必要もありません。ですから、その中の構造や専門的知識を伝えるためには、かなり難解な言語を上手に組み合わせて伝える必要があり、それは大変なことです。ですから、先生は結局必要でなはいと思われる部分(それを言わなくても概要は伝わるであろう部分/そこまで説明してしまうとかえって複雑化しすぎて理解してもらえないであろう部分)を意図的にカットしたり、場合によっては主要部分だけを端的に伝えることが往々にしてあり、それは時と場合、先生の性格などでも大きく変わっていきます。

そして、生徒さんの中には、クローズアップされた(先生が強調した、生徒さんが強調して受け止めた)対象(体の部分、器官)だけをうごかそうとしたり変化させようとしてしまうことがあり、結果が伴わず「わからない!」「難しい!」となることが多々あるのですが、実際はそこまで難解なことはしていないのです。


《結論から入る》
では具体的にどうすればよいでしょうか。

一番大切なことは、

「結論から入る」

ということです。

筋肉や関節など体の部分的な状態がどうであれ、結果的な「かたち」を視覚的に覚えて単純にマネしてしてみます。もしくは、そうなった結果をマネします。

レッスンではハイノートの出し方に悩む生徒さんが沢山いらっしゃいます。ハイノートは「舌」や「アゴ」などを使って空気の流れを変化させることが必要な場合が多々あり、それがうまくできないので結果が伴わない場合が非常に多いのです。

そうなると、どうして舌やアゴについて説明することになるのですが、そればかりがクローズアップされてしまうと、「舌をうごかした結果」を忘れてしまいがちです。

大切なのは舌をうごかすことではなく、その結果です。

このように、細かいことをいくつも考えたり意識しすぎると、「結果、何をしようとしているのか」「それをすることで何が起こる(変化する)のか」を見失いがちですから、先生が求めている音色をイメージし、追求するとか、先生の吹いている演奏(表現)をマネしてみるなど、結果や視覚的なものから入ることは大切です。

先生の見た目から情報を盗みだしたり、音(耳)で確認したり、逆にこちらから質問してみること(両者が同じ認識だったのに使っている単語や言い回しだけが違う場合も多々ありますので敢えて言語は言語で確認すること)も方法のひとつでしょう。


《感覚を言語化している》
僕のレッスンで生徒さんへ伝えているアドバイスや奏法はすべて自分で研究し、蓄積してきた結果です。自分が習ってきたことの根拠の定まっていない受け売りや、拾ってきたあやふやな情報の伝言ゲームではありません。

これまでに(これからも)奏法に関しては様々な方法を実験し、それがどのような結果になるのかをたくさん経験しています。その中で「これだ!」という方法をいくつもストックしているような状態です。

そして「これだ!」と思って使っている奏法は、まだその時点では単なる感覚的なことにすぎず、具体性がありません。そのため、ブログに掲載したり、教本に書いたり、レッスンで伝えるために「言語化」する作業が必要になります。奏法の翻訳みたいなものです。

どう伝えれば誤解されずにみなさんに伝わるか、自分なりによく考えているつもりですが、やはり前述のUFOキャッチャー同様、言語には順序があり、そしてすべてのことをこと細かく言語化できない(しかし、細かくすればどんどんややこしくなるのでしないほうが良い)ので、生徒さんと意思疎通がうまくいかない場合がどうしても出てきます。
しかも持っているボキャブラリーや、使用頻度の高い単語、それぞれの物体に対する言葉の選択が、生活環境によって違うのですから、これはしかたのないことです。

そこでみなさんに知ってほしいのは、こういった奏法などを言葉や文字で伝えているのは、「すでに決定してある機能」を使うための家電製品の取扱説明書のようなものではなく、具体性がないからだの様々な部分が機能した結果の「いいねこの奏法!」を後から言葉にしているにすぎない、という点です。

文字や言葉から受け取った情報だけを実践しても同じ結果が得られないのはこのためです。


《1回のアドバイスは完璧な情報ではない》
ではレッスンなどで受けた奏法面でのアドバイス、どのように受け止めればよいのでしょうか。

アドバイスというのは、『良い奏法を身につけるための「方向性」を教えてくれる漠然としたもの』程度に捉えましょう。

例えるなら、道を尋ねて「右に行きなさい」と言われた程度です。目的地にたどり着くには、道や角はいくつあり、どんな建物や信号があって、どの程度の距離があるか、そういった詳細な情報は含まれておらず、「右」という情報を元に自分の足で進まなければならりません。

しかし、同時に「左ではない」という情報をもらえただけでも歩き回る範囲は半減しているわけですから、教わっておいて良かったのです。

自分で歩いて、調べて、ときには行き止まりに直面してを繰り返し、最終的に目的地に到着します。そのとき、「右というのはこういうことだったのか」とわかるのです。

音楽でも、先生によってアドバイス量や細かさが違ったり、歩いている最中でも沢山アドバイスをくれるひと、そうではない人、いろいろいます。
しかし、悪い方向に行かないように言葉をなげかけてくれることには変わりありません。


ということで、今回は先生からもらうアドバイスをどう受け止めるのか、上達するために自身で何を心がけるか、について書きました。

言われた通りのことをやってる(と思い込み)、結果が伴わなくて「あの先生の言ってることわからない!」とか「先生に言われた通りやってるのに上手くならない!」とか「教わったことをまじめにやってる(本当はやってない/できていない)のに全然上達しない」と思っている方、先生からの情報を元に、自分の努力で研究、実験、結果を求めていますか?それがなければいくら先生に習っても残念ですが上達はほとんどしないのです!

ということで、また来週!

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at 06:44, 荻原明(おぎわらあきら), イメージ

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