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吹奏楽コンクール課題曲2016トランペット解説【3.ある英雄の記憶 〜「虹の国と氷の国」より / 西村友】前編


















みなさんこんにちは!

只今、「吹奏楽コンクール課題曲トランペット解説2016」開催中です。
これまでに課題曲4.マーチ「クローバー・グラウンド」、課題曲5「焔」について書きました。本文をご覧になりたい方は以下をクリックしてください。

課題曲4.マーチ「クローバー・グラウンド」前編
課題曲4.マーチ「クローバー・グラウンド」後編
課題曲5.焔 前編
課題曲5.焔 後編

なお、課題曲1,2,についてはまだ掲載しておりません。順次アップしていきますので少々お待ち下さい。

そして今回からは課題曲3.『ある英雄の記憶 〜「虹の国と氷の国」より』について書いていきます。

この作品の「虹の国と氷の国」ってどんな作品なんだろうと思って調べていても書籍とか何も出てこないのでどういうことかと思っていたら、どこかの幼稚園オリジナルの演劇で、その劇伴(舞台などで流れる伴奏音楽)が課題曲の元になっているとのこと。

ストーリーに関してはぜひ会報「すいそうがく」に掲載してある作曲者本人の解説を読んでみてください。よくできたお話しです。課題曲になったことをきっかけに本とかゲームとかになっちゃえばいいのにとか思ったり。
そんな背景がありますから、曲を聴くだけで「冒険もの」の本や、アニメ、ゲーム(PRG)、舞台作品っぽいな、と感じる方は多いと思います。


《音楽はイメージによって作られる》
この作品のように、元になるストーリーがある作品は、演奏する上でもイメージが比較的容易です。
そもそも、音楽はイメージから生まれています。作曲する人も演奏する人もイメージをしています。

しかし、こんな場面に遭遇することがたびたびあるのです。

中高生くらいの管楽器奏者さんに「この場面はどんなイメージ?」とか「どんなイメージで演奏しよう?」と聞くと、ほとんどの方はなんらかのイメージを言ってくれるのですが、たまに「ありません」「わかりません」と言う方もいるんですね。

「わかりません」というのは単なる反抗期なのかもしれませんが、「ありません」というのは少し驚きます。楽譜に書いてある情報を再現するだけで精一杯なのかもしれませんが、演奏している時にしかその音楽に触れているわけではありませんから(記憶しているわけですから)作品から受ける「何か」を少しも持っていないのかな、と不思議に思ってしまいます。
単に心の中に浮かんでいるものを素直に口に出すことが恥ずかしいとか、言語化するのが難しいだけならば別にいいのですが(演奏で出せる/出そうとしているのだったら別に良い)。


《指導者という名のクレーマーにご注意を》
演奏によって自分のイメージを出せるのだったら、言葉なんてなくても本当は良いんです、音楽ってものは。

前述のように「イメージしましょう!」という言葉は、みなさんイヤというほど言われていると思います。部活指導をしている人のほとんどが口にしますからね。
しかし、その「イメージしたもの」を「聴く人に伝わる演奏をしましょう」という指導者は少ないかもしれません。さらには「聴く人に伝わる演奏をするにはどうすべきか」を的確に指摘、指導できる人はもっともっと少ないかもしれません。

「指導者」とはよく言ったもので、演奏者に「指摘」をするだけなら誰でもできます。しかし、中には指摘なんて生易しいものではなく、鉛玉のような罵声を「投げつける」「叩きつける」人もいますが、それは指導者ではなく「クレーマー」です。

指導者とは、演奏に対して気づいたことを的確に指摘し、良い方向、解決、完成へ向かうための方法や考えを的確に示し「導く」人のことを言います。

「テンポ乱れた!(メトロノーム カチカチスタート)」
「音程悪い!(ハーモニーディレクター「ポーー(大音量)」)」
「ピッチ悪い!(チューナースイッチON)」
「何やってんだ!(足を組む)」
「また間違えたな!今度間違えたらただじゃすまないからな!(指揮棒バキッ)」

だけしか言わない(言えない)のは指導者ではありません。気をつけましょう。


《聴く人に伝わることが「表現」する、ということ》
みなさんは合奏やレッスンで指摘されたことに対して「ちゃんとやってるじゃん!」「何度も言わなくてもわかってるよ!」って思ったこと、ありますか?自分では意識してやっているのに、先生からは「もっと!」とか「できてない!」とか言われてイライラしたこと。

これは、先生がイジワルしているわけではないんです(多分)。本当にできていないんです。できていないというよりも「伝わっていない」のです。

もしも自分ではちゃんとやっているつもりなのに、できていないと指摘されたらイライラするのではなく「伝わっていないのだな」と理解し、今以上におおげさに表現してみましょう。「こんなにやって大丈夫かな?」「なんか恥ずかしい」とか思うくらい思いっきりやってみましょう。もしかすると、それでやっと周囲の人に伝わる程度かもしれません。それくらい表現というのは人に伝わりにくい、理解されにくいものなのです。

音楽は舞台で演奏します。お客さんというのは「聴く側」「アウェイ」の意識が非常に強く、演奏者の立場になっている人はほとんどいません(これを読んでいる多くの方が演奏者でしょうからピンとこないかもしれませんが、まったく楽器を演奏しない人や舞台で演奏した経験のない方は、距離があるところに心を置いています)。身内とか、熱狂的ファンなど一部の人だけが「一生懸命理解しよう」「一生懸命受け入れよう」という覚悟で客席にいます。
そういった方はすべてを肯定的に受け入れてくれるので演奏する側も気が楽なのですが、そうでない人のほうが大多数だと思って演奏するべきです。特にコンクールというのは「義理」や「妥協」がまったく通用しない環境ですから、なおさらです。

そんな外側にいるお客さんを演奏によって引き込むためには、それはそれは強い表現力が必要です。


僕もレッスンでとてもよく言うのですが、まずはとにかく「伝えよう」という強い意志を持つことが大切です。そのためにこんなことを言います。

『あなたは、大きなホール(3000席完売)でリサイタルをしているソリストです。そのホールの3階最後列端っこの人に強烈に自分のイメージ、表現が伝わるように意識して演奏をしましょう』

これだけで演奏はガラリと変わることが多いのですが、さらに、

『あなたのリサイタルに、もうひとりのあなたが客席で聴いているとします。今日のリサイタルチケットは5,000円。演奏を聴いて、明日友人に「昨日のコンサートすごい良かったよ!聴きにいかなかったなんてもったいない!」と心から言えますか?』

と聴きます。その後、もう一度演奏してもらいます。
ちなみに「はい」と言った生徒さんは未だいません(笑)

ともかく、それくらいの強い意識で演奏をすることを常に心がけるだけで、表現力(発信力)はとても強くなります。これは合奏で指摘されて急にできることではなく、日頃の個人練習の段階から意識し、鍛えておくことが大切です。


《楽語の多い作品》
この作品の特徴のひとつに「楽語が多い」ことが挙げられます。作品がひとつの物語ですから、場面がどんどん変わっていくので結果的にそうなるのでしょうが、あまり一般的でない(楽語ではない)文字もいくつか出てくるので、フランス語やイタリア語が全然わからず楽語だけ知っている身としては、「これ何?」となります。調べるしかありません。

大半の人はこうなってしまうと思うのですが、これは作曲家さん、わざとやっているのでしょうか。作曲者さんとのインテリジェンスの差なだけではないはずです(そう思っておくこおとにします)。

まあそれはどうでも良いのですが、イメージを具体的(限定的)にするために書いたのか、「楽語」を無視しないよう、きちんと調べてね、といった「教育目的」なのかもしれません。ともかく、わからない楽語(単語)は必ず調べてみましょう。


《楽譜には書き込まない!》
そして、調べた楽語は楽譜に直接書き込まないようにしましょう。違う紙や単語帳などに書いて、覚えてください。
そもそも、楽譜に書き込こと自体僕は否定的です。楽譜を見て演奏している間は、文字を読んだりそれを理解するための時間はありません。視覚に入ってきた文字を読んで理解しようとするときの脳は、イメージをふんだんに必要とする「音楽をする」脳の使い方とはまるで違うので、どんどん機械的な演奏になってしまうのです。

例えばみなさんにも経験があると思いますが、楽器を始めて間もない初心者の頃はひとつひとつの音符に運指を書き込んでいたと思います。その楽譜を見て演奏するとき、どこに焦点が合っていましたか?そのとき、どんな意識で拭いていましたか?

きっと「1,2」「1,3」と、運指ばかりを見ていて、音符などほとんど視界に入っていなかったはずです。
これでは単に左から右に数字を見てリズムに合わせてその通りピストンを押す「作業」をしているだけなのです。

初心者の頃に限っていえばそれもしかたがないのですが、もう楽譜も結構読めるようになってからも、「音程!」「はしるな!」「テンポ!」などと楽譜にやたらと日本語を書いてしまうと音楽的イメージや表現することが難しくなってしまうのです。

そもそも「音程」も「テンポ(一定のテンポで演奏できていない)」ことも音楽の基本的な約束であって、その場面に書き込み、意識するものではありません。

「走ってしまう原因はなんなのか」「走らなくするためにはどのような意識でどのような練習を重ねていくのか」をその作品を演奏する前から準備しておくことが大切です(それが個人練習、基礎練習の目的のひとつ)。

「音程」についてはそもそも「音程が悪いから音程を良くしよう」で解決するようなことではありません。なぜ音程が悪いのか、その原因はツボに当たっていないとか、楽器の吹き方そのものの問題など、様々ですが、どうあれ楽譜に「音程!」と書いたところで音程は絶対解決しません。「音程」と言われただけで音程が解決する人は言われる前から良い音程で演奏をしている人(演奏できる人)だからです。
重要なところにグルグルと丸でかこったり、蛍光ペンで塗ったりするのも、緊張感や特別な意識を生んでしまう結果になるのでオススメしません。

本来、楽譜に書き込むものは「楽譜に書いていないこと、楽譜と違うことを指揮者が要求したとき(追加・変更)」や「楽譜の間違いの修正」「演奏するための作業指示(ミュートのON,OFFを忘れない、繰り返し記号を見落とさない等)」だけにとどめるべきだと僕は思っています。

それでもどうしても思ったこと、教わったことを忘れたくない、後でじっくり考えたいのであれば、最初に言ったように、他の紙にメモをするか、「メモ専用楽譜」としてのパート譜をもう一枚用意してことをオススメします。それを演奏以外の場面で見て確認をするのです。

頭の中に入っていないと演奏はできない、ということです。


ということで、この作品を演奏される方もそうでない方も、楽譜を手に入れたらそこに書かれている楽語をまずすべて調べましょう。その楽語も含めて、その作品の持っている(作曲家の)イメージを感じ、自分の演奏に取り込んでください。
そして、自分自身のその作品に対するイメージも融合させ、それが聴く人に伝わるためにはどうすればいいのかを考えて演奏します。

フィンガリングや音程の難しいところを克服するだけが「譜読み」ではありません。そういったイメージを持って演奏する練習も含めての「譜読み」です。

ということで、次回は課題曲3を順を追って解説していきます。引き続きお付き合いください。
また来週!

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at 06:39, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2016

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