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吹奏楽コンクール課題曲2014トランペット解説【4.コンサートマーチ「青葉の街で」/ 小林武夫】その1


















吹奏楽コンクール課題曲2014


みなさんこんにちは!
さて、今回から解説する曲は、課題曲4「コンサートマーチ『青葉の街で』」です。
この作品を書かれた方は、プロの作曲家ではないのですね。すごい。


《ザ・課題曲?》
だいぶ昔から、「課題曲というのはこういうものだ!」といった感じのマーチの作風ってありますよね。それらはスーザのマーチのようなものとも違うし、スパークのような作風とも違う。独特な「課題曲マーチ」の空気感と言いますか、なんだか必要以上に爽やかで、想像通りの裏切らない展開。決して嫌いじゃないです。僕は課題曲をコンクールのステージで演奏したことがなかったので(少人数の部活でしか活動したことがなかったから自由曲のみだったんです)、これらのやたら爽やかな「ザ・課題曲コンサートマーチ」に対しては、一種の憧れのような気持ちを持っています。

これらの作品には毒や刺や闇のようなアンダーグラウンド的要素が感じられないので、第一印象がとても良いんですよね(だからこそどれも似たような作品になり、結果的に年度が変わるとすぐ忘れられてしまう傾向にありますが)。「お、いいじゃんこの曲」、こんな印象を持って、その年の課題曲の中から選ぶ人...その多くが学校の先生ではないかと、勝手に想像してみたり。もっと言えば、中学校で音楽の先生がそのまま吹奏楽部の顧問をやっていて(でも管楽器経験はほとんどないピアノや歌出身)、吹奏楽にあまり詳しくないにも関わらず全体の指導も指揮も受け持っているような部活動では、特に率先して選ばれるような気がします(完全に憶測)。いや、決して悪いことだと思いませんし、悪く言うつもりもありませんよ。先生も大変です。

話がそれますが、僕が中学生1年の時、まさしくこの状況で部活をやっていてですね、その先生、ピアノ科出身だったんですけど、ジャズやポップスのジャンルが完全に無知で、ジャズの曲をやっていても、ミュートという存在を知らなかったり、Swingという言葉が何を意味しているのかわからない、という始末で、僕は音源まる暗記でラッパを吹いていたものですから、CDと実際の演奏がまったく違う(Swingしていないタイトな八分の連続)ことに違和感を覚えて先生に言ってみても「私の言う通りにしなさい」と言われて不服。あ、先生って専門分野でも知らないことも沢山あるんだな、と子供心に悟った瞬間でしたが(笑)

まあ、それはどうでも良いのですが、とにかく、アングラな要素って、教育の中に入り込みにくいので(入れたがらない先生が多い)、こういう正統派が好かれる、ということです(憶測)。

曲の決め方に口を挟むつもりはありませんよ。どれを選ぼうが自由。僕もこの曲好きだし。

ただ、アングラ要素がない曲というのは、例えるなら「光が当たらない場所を見せない」ので、非常に視界が狭いんですよね。本来ならば光があるなら影もあるということを知るべきで、そちらにも目を向けるべきなのですが、「太陽ってあったかいよね」「明るさって素敵!」そんなことを連呼し続けているだけって、感情の半分しか出せていない。でもそういう曲だからしかたない。要するに、完成してくるうちにだんだんと見えてくる「世界の狭さ」に行き詰まってしまいがちなんです。
また話がそれますが、子どもの教育に悪いとか言ってテレビやらマンガやらを過剰に見せなかったり規制されたり、そういうのって本当の意味での教育ではないと思うんですよね。正しいものしか見せないというのは、なぜそれが正しいのかを知ることにつながらない=根拠や理屈を教えずに正しさを押し売りしている状態に感じて、それでは意味がないと思うんです。ここで言うことでもないけれど。


《落とし穴》
この作品のように「課題曲コンサートマーチ」が、取り組みやすそう、ウチのバンドでも演奏できそう、などと思っている方(特に選曲を最終決定できる先生など)は、いくつかの注意点(こういった好印象の作品の落とし穴)を知っておいてもらいたいです。


 多くの奏者が自分のパート譜をきちんと吹けるようになった
  ↓
 合奏でテンポを統一して演奏できるようになった
  ↓
 ちょっとメロディのフレージングをつけてみた
  ↓
 バンドのバランスを調整してみた
  ↓
 形になってきた
  ↓
 で、次どうする?
  ↓
 どうしよう...


この過程は音楽を完成させるために通過しなければならない、いわば「当たり前の練習内容」ですし、どんな作品でもこういった展開になる可能性があります。これによってできたことは、「楽譜に書いてあるリズムや音を再現するための過程」でしかなく、いわば枠組みのようなものです(プロの世界では、ここまでは最初の通しで出来ています)。ですから、この先どう作っていくのかが「音楽作り」です。しかし、この手の作品には、自由に作ることのできる要素が少ないので、他の演奏団体と差別化するのが難しいんですよね。しかも、マーチという音楽スタイルのせいで(=マーチの常識的なテンポが自由度を制約させている)、あまり独特なアゴーギグ(音楽表現)を付けることもできず、単調になりがちです。


《音楽のベクトル》
マーチという作品は、そもそもが歩くための音楽であることは周知の事実ではありますが、それが何を示しているのか、というところに着目してみましょう。
歩くための音楽は、「その音楽に合わせて歩く」のではなく「その音楽が人を歩かせる力を持っている」べきだと考えます。歩かずにいられない、という力。それはどういったことかと言えば、このブログでよく出てくる「ベクトル」だと考えます。

ベクトルというのは物理や数学などで出てくる、物が動く力とその方向といったものです。僕はその分野が非常に苦手なのでよくわかっていませんが、僕が音楽で使っているベクトルという言葉は、「前へ進む力」がどのくらいの力を持っているか、という意味なんです。

楽譜をまだ読みきれていない人(楽譜通り演奏できない人)や、目立ちたがらない方、音符をひとつずつ丁寧に演奏しすぎている人、そういった方々は、音楽のベクトルが非常に弱いです。僕はそういった演奏を例えて、「昔の田植えみたい」と言います。昔は苗をひとつずつ田んぼに植えていたんですよね。あの動きにとても似た演奏をしているように聴こえるんです。
田植えでも楽譜は一拍ずつ着実に進むかもしれませんが、音楽的には進んでいることにはなりませんし、実際そんな演奏を聴かされてみれば誰もがフラストレーションを持つはずです。

そうならないよう、マーチは特に、歩かせてしまうほど「前へ進もう」という力を強く意識し、表現しなければいけません。

四分音符ひとつひとつ、八分音符ひとつひとつひとつが「前に行くのだ!」という強い意思を持っていて、その意思を持った音符たちがザザーっと並び、集合体(フレーズ)になった時、非常に強い「前へ進もう」という意思を持った音たちになります。
音楽は、どんな時にも前へしか進みませんから、仮にrit.(リタルダンド)やフェルマータなどの演奏指示が書いてあったとしても、それは後退しているわけでも時間が止まっているわけでもありません。やはり前へ進む力があるんです。

これら「ベクトル」という表現は、「テンポ」とはまったく別物です。ベクトルが弱い演奏イコールテンポが遅いのが原因ではない、ということです。


《リズムを持ったパート》
マーチを演奏する、というと、大概ホルン奏者が苦々しい表情をあらわにしませんか?理由を聞けば「裏打ちばかりだから」。確かに、スーザのマーチのホルンは、ずーっと裏拍の八分音符しか書いていないことが多いんですよね。ついでに言うとトランペットの2nd,3rdもホルンと同じことしてますし、テューバを始めとする低音楽器なんて四分音符しかないし、打楽器もそんな感じです。

ただ、それらのパートがいるからこそ「マーチ」という作品が完成する、とも言えますね。

歩き続くためには、一定のリズムパターンが繰り返されることが必要なわけで、もしこれが突然3拍子のワルツになられたら歩けません。踊れます。

そして、その中でもリズムを担っている最強の権力者がいます。それが打楽器セクションです。
このパートが仮に指揮者を無視して作品のリズム、テンポを演奏し続けたら、指揮者は必要ありません。指揮が何か操作しようとしても打楽器セクションが無視すれば、そのまま演奏が続きます(基本的には)。

ですから、まずは打楽器セクションのベクトルが統一されていることが必須で、そこからリズムパターンを担っているパートが、ベクトルに入り込み、その上でメロディやオブリガード(副旋律)が乗っている、という構図になることが望ましいと考えています。例えるなら、エスカレーターや動く歩道の動力源が打楽器セクションであり、ベルトや踏み板(乗るところ)がテューバなどの低音楽器や裏打ちホルン。そしてその上にメロディという人間が乗っている、という感じでしょうか。人間は乗っている場所の範囲内であれば自由に動くことができます。制約がある中にも自由が残っている状態で演奏する、というのは旋律を担当している時に常に意識して欲しいことです。


《爽やかさを表現する》
この作品自体がとても爽やかな印象を与えますが、演奏者がそれを表現できなければ、作品は爽やかで演奏は暗く重い、というおかしなギャップが生まれてしまいます。それは絶対に避けたいわけで、では、どうしたら良いか考えてみましょう。

表現というのは、もちろん演奏の仕方(吹き方)によっても変わります。しかし、何よりも大切なことは「どんなイメージを持っているか」という点です。
では、爽やかなイメージ、爽やかな雰囲気って、どんな時ですか?イメージできますか?

春や初夏のような、ちょうど今頃の季節は、いかにも「爽やか」です。大自然に囲まれた環境で過ごしていたり、静かな空間でのんびりしたり、風が気持ち良い、日差しが暖かい、そんな快適な環境にいる時、人は「爽やかだ」と感じます。
もしこういった質問をされて回答に困った時、真逆の状態をイメージすると出てきやすいかもしれません。例えば、「不快である」「ストレスが溜まる」「気持ち悪い」そんな時って?といった具合に。思いついたそれらの逆をイメージすると回答が出てきます。

「イメージを持った上で演奏をする」これはどんな音楽でも必ず持っていてもらいたい大切なことです。
イメージすることに正解も不正解もありませんから、ぜひふんだんにイメージをして音楽に反映させて下さい。また、一緒に演奏する人たちでそれらを話し合い、イメージを膨らませて、統一できると、楽曲としてはまとまりやすくなります。


《アーティキュレーション》
ただ、やはりイメージをしたところで、聴いてもらえる人に雰囲気や気持ちを伝えるのには限界があります。そこで、よりイメージを強く伝えるために、沢山の演奏技術や表現技術を持つ必要が出てきます。

アーティキュレーション、というのは基本的には楽譜に書かれている記号、、、アクセント、スタッカート、テヌート、といった「音符ひとつに対して付いている記号」を指します。さらにはソステヌート、マルカートなど、記号に限らず文字で表現することも多々ありますが、結局これらが音符や楽譜に書かれていることで何が変化するのか、と言うと、作品の持つ雰囲気です。

例えば、そこにただの材木があるとします。その材木にスタッカートの指示をした時にどのように材木を加工するでしょうか。例えば、少し硬く角の尖った状態になるかもしれませんね。そういったように、ひとつの塊だったとしても、角を尖らせたり、丸く削ったりと様々な形状に変化させたり、木材から金属のように材質そのものを変化させることもあるでしょう。それらがずらりと並んだ時、ただの材木の連なりだった見た目が大きく変わっていくことは想像できるはずです。
アーティキュレーションを意識的に表現する、ということはその音符を変化させるというだけでなく、結果的に作品全体の(その場面の)印象を大きく変えることにつながるのです。

したがって、アーティキュレーションは「アクセントだからタンギングを強くしよう」と、舌に力を込める、のように単純な作業で解決できるものだと思わないで下さい。「スタッカートが書いてあるから、音を短くすればいいんだ」という安直な考え方からは豊かな音楽性を感じられません。

アーティキュレーションは、強弱記号と同様、その作品、その場面によっても大きく解釈が変わります。ただの音量の大中小ではない、ということはこれまでにも沢山書いてきました。したがって「このアクセントはなぜ付いているのだろう(作曲者はここにアクセントを付けることによって、どのように演奏させようとしたのだろう、結果、どんな音楽になるのだろう)」とまず考え、具体的なイメージを膨らませます。それが正解か不正解かなんてありません。そして自分がイメージしたものを演奏で表現できるようにします。
そうした練習の積み重ねによって、「アーティキュレーションの引き出し」がどんどん増えて、表現力がついてきます。


《アーティキュレーションを統一させる練習》
統一したイメージを持っていることは、ひとつの作品を完成させるためには必要なことです。したがって、様々な場面に合ったアーティキュレーションを統一させたい時は、ロングトーンなどの基礎練習で取り入れると良いでしょう。
例えば、スタッカートという表現も人それぞれで、楽器によっても表現方法が異なります。それらの集合体で表現を統一させるためには、まずイメージを統一させます。「ピンポン球が弾んでいるようなスタッカート」とか、「卵を落として潰してしまった時のようなスタッカート」など。後者はまるで演奏に使えないように感じますが、使える使えないではなく、イメージを音に変えられるかどうかが大切であって、決して無駄な練習ではありません。何でもやってみるべきです。なので、メンバーの誰かに上記のようなお題を何か出してもらって、全員がそのお題をイメージし、演奏に反映させてみる、という練習をすると、頭が柔軟になり、音楽をすること、表現をすることが楽しくなると思います。義務的、作業的な基礎練習はつまらないですからね。


《トランペットパートがマーチの演奏に求められるものとは》
話を戻しますが、やはりマーチを演奏する上で、トランペットの担うところは、「ファンファーレ」「主旋律」「裏打ち」このあたりですね。この作品もまさしくそう書かれていますが、これらに求められるアーティキュレーションは「力強さ」「固さ」ではないでしょうか。要するに、あいまいな音の出し方、処理の仕方をしないことです。そのために必要なことは「アクセント」「スタッカート」をどう表現するかが大切だと思います。
次回の記事で具体的にどのようにアーティキュレーションを表現するか書いていきますが、まずは自由にイメージしたものを自由に表現できるか、今の段階ではそれを沢山練習することが良いのではないか、と思います。


《スピード感》
マーチにはスピード感は必須です。先程も少し書きましたが、スピード感と言っても速度を上げることには直結しません。
先程書いたように「ベクトル」を強く感じ、それを演奏に反映できているか、ということです。ですから、感覚として「重たい」もしくは「軽快」と感じる時には、メトロノームの示すテンポがどうのこうのではなくて、音楽が前に進もうとしているかどうかで変わってくるのです。
曲の練習やら基礎練習やら何やら、やたらとメトロノームを使いまくっている方、バンドは、自発的なテンポ感が薄れてきて、「誰かに合わせる」という自主性のない奏者を作り出し、ベクトルのない演奏が積み重なって「重さ」がどんどん強調され、音楽が全然流れない、という結果になりやすいので、注意して下さい。


《アウフタクトの音楽》
さて、この作品を見てみると、メロディはほとんどすべて「アウフタクト」で始まっています。アウフタクトというのは簡単に言えば「1拍目のアタマから音楽が始まっていない音楽」を指す、と思ってもらえれば良いかと思います。
「青葉の街で」はメロディが3拍目のウラか、4拍目から始まることがほとんどです。これによって何が変わるか、何に注意しなければならないか、と言うと、「メロディ担当以外もアウフタクトを意識する必要がある」ということです。メロディはおのずとアウフタクトのフレージングを意識することになりますが、メロディ以外のパートは、自分の楽譜だけを見ていると、どんなフレーズかわかりません。ですから、自分のパート譜に没頭して合奏をしていると、メロディのフレーズを知ることなく、勝手に音楽を進めてしまう、これが音楽がひとつにまとまらない原因になりがち、ということです。
こちらも詳しくは次回の記事で書いてきます。

ということで、まだこの時期は課題曲を何にするか最終決定をしなくて良いのですから、他の作品も演奏してみて、本当に自分たちのバンドに合っていると思われる作品を見つけられるよう、安易に第一印象だけでこの作品を選ばないようにしてほしいと思います。コンクールが近くなってきてから「やっぱり他の曲のほうがよかった...」では遅いですからね。

それでは、また来週!

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at 07:30, 荻原明(おぎわらあきら), 吹奏楽コンクール課題曲2014

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