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複数の指導者に教わる、ということ。


















こんにちは!夏休みも終わり、そろそろ学校にも慣れてきた頃でしょうか。
これからの季節は吹奏楽部も活躍して忙しいかもしれませんが、体調の管理には気をつけて元気に練習して下さいね。

さて、みなさんはこれまでトランペットの個人・パートレッスンや合奏などで何人くらいの人から教わったことがありますか?

例えば学校の顧問の先生だけが指導にあたっている部活だとしても、先輩や友人などから「こうすると良いのでは?」といったアドバイスをもらったことがあるかと思います。
また、学校によっては合奏の先生の他にパートごとにコーチがいて、コンクール前になると外部から違う指揮者を呼んで。。。なんてゴージャスな環境だったりするかもしれません。
中学から吹奏楽を始めて、高校に進学して吹奏楽部に入ったけれど、どうも高校の指導者の言ってることに納得がいかない。中学校のほうが納得できた。なんてことありませんか?まあ自分自身の経験なんですが。。。今を思えば幼かったなあと反省しています。


荻原自身も音楽教室で個人レッスンをしていますし、不定期に吹奏楽部に指導をしに行ったり、地域の吹奏楽部が一同に集まってパート別の講習会をすることもあります。
で、たまに生徒さんから「○○先生は違うこと言ってたのですが......」という言葉を耳にすることがあります。言葉にしなくとも、みなさんも一度は思ったり感じたことがあるのではないでしょうか。複数の指導者から教わって、違うことを言われ、いったいどれを信じれば良いのかわからなくなるということを。

なぜ教える人によって言うことが違う、もしくは真逆に思われるような指導をするのでしょうか。こういったことは音楽以外にあまり体験しないことでしょう。
例えば数学の授業で習った内容が、塾の先生は全然違うことを言うなんてまずありえません。他の筆記的な学問でもほぼ同じでしょう。それは数学の答えが1つしかないからです。

しかし音楽には答えがありません。何が正解で、何が不正解なのかがはっきりしてないのが音楽です。イメージするものを自分なりの表現で聴く人の耳へ届ける作業が音楽です。演奏者だけでは音楽は成り立ちません。聴く人がいて始めて音楽は成立しますし、聴く人の心に届かなければ価値がないのです。

そのため、それぞれの演奏者は自分なりに工夫をして練習をして結果を出そうとしています。100人いれば、100通りのイメージがあり、表現があるということです。
だからこそ音楽は魅力的で、毎日毎日世界中でベートーヴェンの交響曲が演奏され続ることができるのだと思います。
結果、演奏家はひとりひとりイメージすることが違うし、ましてや数学のように1つしか答えがないものと違って、指導する場合自分のイメージしている音楽を口に出して伝えようとなると余計に曖昧なものになってしまいます。これはやっかい。

でもここで考えてみて下さい。


『指導者は、自分自身の(その時点で)最良だと思うことを伝えようとしているのです』
『指導者は教える人に「上手になってもらいたい」と願って指導しているのです』



このふたつは100人指導者がいたら100人とも思っているものなんです(そう信じて疑いません)。


指導者によって教え方が異なるのは、それほど問題にはならないのです。
なぜなら、例えば一つの大きな山の頂上を多くの人が目指しているとしても、山頂にたどり着く道はひとつではありません。沢山のルートがあるから、同じ山なのに見てきたものが違っていたり、経験したことが違っているだけのことで、目指しているものに変わりはないのです。
その山を登っている複数の人から、「あの川は美しかった」とか「景色がキレイだった」とか、またある人からは「森の奥には危険がいっぱいだった」とか「遭難して死にかけた」とか、いろんな経験談を聞くことができます。
これら複数の経験者から聞いた言葉の中から「この山は危険なんだ」ということだけをチョイスしてしまうのは少々もったいないですよね。危険な山かもしれないけれど、美しい川があったり、キレイな景色に出会えるかもしれないんですから。

ではこれが複数の指導者と教わる人との関係だとしたらどうでしょうか。
山頂を目指すように、自分の技術も表現力も沢山練習してきているのが指導者です。音楽には頂点というのが存在しませんが、でもみんなできるだけ頂上へと目指す努力はしているはずです。
しかし、その練習方法や表現方法は、山頂へのルートがたくさんあるように、選択肢が無数にあります。
さらに経験してきたことが仮に同じようなことであったとしても、その人自身が見てきた山の景色や、山に対して感じたことは変わってくるものです。ですから、指導者によって言うことが違うのはあたりまえのことです。

では、教わる人は具体的にどうすればいいか。

誰か一人の指導者が言うことだけを鵜呑みにするのではなく、自分なりに「この人はこういうことが言いたいのだろう」と、一旦考えてみることが大切なのです。自分はこのことを「消化して吸収する」という言い方をしています。
指導者の言葉は、そのまま受け入れようとすると理解しにくことが多いです(自分の中に存在していない表現は、理解することが難しいから)。しかし、多少自分に都合が良いようにでも消化してしまえば、納得できることがほとんどです。

音大に在籍していた時、吹奏楽の指導を担当していた指揮者の先生はとても面白い音楽表現をしていました。例えば、

「ブザーのような音を出しなさい」
「マウスピースの中に舌を入れてタンギングしなさい」
「世界中の太鼓を持ってきなさい」
「(金管の)ベルを天井に向けて吹きなさい」

などなど。
仮にこれをそのまま実現しようとしたら、演奏が成り立つでしょうか。まず無理ですね。
管打楽器の専攻生の中にはこの先生が「何言ってるかわからない」と拒否反応を示す人もいました。確かにこの言葉を鵜呑みにしてしまったら意味不明な指揮者になるとは思いますが、自分の中で「消化吸収」すればなんてことはありません。上記の先生の言葉を自分なりに解釈すると以下のようになると思います。

「音をまっすぐ、しっかりと出しなさい」
「音の出だしがはっきりしていない」
「太鼓の音が小さい」
「主張して吹きなさい(音量をもっと出しなさい)」

この先生、吹奏楽の授業ではあるのですがひとりずつ立たせて吹かせるということも多々ありました。100人近くいる中でトランペットならトランペットパート全員を端からひとりずつ演奏させるんです。これはかなりのプレッシャーでした。
中には先生につかまったきり延々と同じ箇所を吹かされて、気づけば授業時間が終わっているなんてこともありました(他の人はイスに座っているだけで授業終了(笑))。なぜつかまり続けていたのかというと、憶測ではありますが先生が言っていたことを鵜呑みにしか表現しようとしない人だったからだと思います。というのも、自分自身はつかまった記憶がないんです。「先生は結局のところ何が言いたいんだろう。なぜこの箇所を吹かされるんだろう」ということを自分なりに解釈した上で吹けばすぐ解放されてたんですよね。

音大は吹奏楽の授業だけでなく、オーケストラも、アンサンブルも、もちろん個人レッスンでも教わる先生が違います。それを「自分は○○先生の門下だから」と言って他の先生が言っていることを拒否しているようではやっていけません。
大学を出てからも、様々なオーケストラにエキストラで参加した時にいつも同じ指揮者ではありません。同じ曲であっても指揮者によって違う表現を要求してくるのは日常茶飯事ですから、「以前はこの曲でそんな表現はしてない」なんて言うのはおかしな話です。

同じように部活に来る複数の指導者が、それぞれ違うことを言っていたとしても、自分なりに解釈をしてしまえば得るものが増えると思うのです。誰かひとりを信用するのではなくいろんな考えがあるんだなと思いながらその時教わっている指導者のアドバイスをとにかく消化して実践してみるのが一番良い方法です。もしもどうしても納得できないことがあれば後に捨ててしまえば良いですし、納得できなくて捨てることができるということはそれ以上にしっかりとした考えがすでに自分自身の中に存在しているということですから、成長している証なのです。

今現在、複数の指導者にいろんなことを言われて混乱している人は、明日から教わっている時に「この先生はいったい何を求めているのだろう」ということを一度考えてから自分なりのイメージで演奏してみて下さい。全然違いますよ!

それでは、また来週。



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at 17:41, 荻原明(おぎわらあきら), 練習に対する考え方

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