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合奏練習時に隙を見つけては音を出してしまう


















みなさんこんにちは!

《合奏の隙を見つけて音を出してしまう》

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吹奏楽やオーケストラの合奏練習のとき、指揮者(指導者)がスコアで確認するなどのほんの少しの無言や、隙をみせると途端に奏者(たち)が音を出し始める。

間もなく音を出す人がどんどん増えて、集団個人練習状態になり、指揮者に「うるさい!勝手に音出すな!」と怒られる。

こんな経験ありますか?

僕はあります。
というか、僕も中学生のとき、その音を出しているひとりだった気がします。

だからわかります。不安なんですよね。
指揮者からいろんなこと要求されて、その要求に答えなきゃいけない。次に指揮棒が動いたときにはその要求に答えなければ、

怒られる(かもしれない)

こんな緊張感があるものだから、ちょっとでも隙があれば音を出して確認したい。

わかります。わかるのですが、指揮者から「勝手に音出すな!」って怒られるこの状態は、良いわけがありませんよね。


合奏練習では個人練習をする時間は最初から用意されていないのです。



《吹かないとできない悪循環》

指揮者から怒られるからやってはダメ、と言いたいのではありません。

「音出さないと確認できない」「音出さないとわからない」「音出さないと安心できない」という状態が良くないのです。

だって音出して練習してこそじゃん!と思うかもしれません。が、本番のときを想像してください。
舞台上に上がって練習できませんよね。
演奏中、次の出だしがとても重要だから、事前に音を出しておこう…できませんよね。

いつもの練習時にはいくらでも好きなだけ音を出せていたのに、本番のときはそれができない。
必要な音以外を出すことができない、いつもの調子で演奏できない。違和感。ストレス。不安。緊張。

こんな流れになってしまうのです。


《合奏練習は作品を作り上げる場》
もちろん「反復練習」というスタイルはありますし、場合によっては有効な方法です。しかしそれはできないことを実現するための方法のひとつですから、理想を言えば合奏までに克服するための個人練習時に行うことです。

個人練習には個人練習の方法やスタイルがあります。
ですから、合奏練習には合奏練習の方法やスタイル、そして「約束」があります。

合奏は作品を作り上げる時間です。奏者それぞれが培ってきた自分の演奏すべきパートをしっかりを演奏することが最初の目的です。
それを指揮者を中心に奏者同士が影響を受け合って完成へと進んでいくわけです。

個人練習の不足を補う時間はここには存在しません。

しかし、指揮者は指揮者の中にある完成形を追求するわけですから、奏者の表現に対し、注文をしてくる場面はとても多いわけです。

奏者が「この場面はこう演奏しよう」とイメージを膨らませて練習して合奏に臨んでも、真逆なことを要求される可能性があるのですが、そのときにどう考えるか、感じるのかがその後の展開に大きく影響するのです。


《考え方でその先が大きく変わる》
「せっかく作ってきたのに否定された」と思ってしまうと自分にとってもストレスで、指揮者からしてみると自分のイメージと違った方向で演奏されてしまうし、そうなると作品の完成度も低くなってしまいます。それを聴くお客さんの身になったら…

なんだかみんなが悲しいし、残念ですよね。だから、そこは指揮者のイメージに近づける努力をするべきなのです。

まずは脳内でイメージします。指揮者はどんな演奏を求めているのだろう、どんな完成形を持っているのだろう。

それが見えてきたら(仮定でも構わないので、具体的にイメージすること)、自分がその演奏をしているイメージを膨らませます。

そして、ちょっとでいいので、からだやからだの部分をどう使うことでそれが現実により近づけるのかも考えてみます。いわゆる「奏法」と呼ばれる側面で、これをまったく考えないでも様々にスタイルを変えられるスキルを持っている人であれば考える必要がありませんが(それは相当レベルが高い人!)、大体の場合はそうもいきませんので、これまで受けてきた指導や自分で見つけてきたコツなどを元にちょっとだけ考えます。決して奏法が前面に、そして全面になってはいけません。

そして、指揮者が「じゃあ、もう1回同じところから!」と、指揮棒が動いたとき、イメージを全開に、奏法の引き出しはちょっとだけ開けて、自信を持って「こういう演奏を求めているのでしょ!わかってるよ!」と思い切り主張しましょう。

その結果がどうであるかは二の次です。まずはこのスタンスで合奏に臨む習慣を身につけることが大切なのです。

個人練習で培ってきたスキルを、合奏や本番で発揮するという二段構造になっていることを理解してください。
「練習」とひとくくりにしてしまわず、自分が今どうあるべきかを考えてみましょう。


ということで、合奏のときはたとえ不安であっても勝手に音を出さないよう、気を付けましょう!

それでは来週は「ハイノート本」の更新です。来週は”note”をご覧ください!


こちらでは次の次の週にお会いしましょう!


当ブログの写真・記事等の(全部、一部問わず)無断利用、ネット上(TwitterやFacebookなどのSNSを含む)などへの無断転載を禁止します。

at 06:39, 荻原明(おぎわらあきら), 本番・合奏練習

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コンクールで良い賞をもらうために大切なこと 2


















みなさんこんにちは!

さて、前回より「コンクールで良い賞をもらうために大切なこと」と題しまして記事を書いています。

チューナー的ピッチやメトロノーム的テンポが正確なだけでは良い賞、高い評価を得ることはできません。それ以上に大切なことは「芸術=メッセージを伝えるために演奏をする」という意識です。

こんなことが前回の内容でした。前回の記事はこちらからご覧いただけます。


それでは、前回の続きです。


《良いお店探し》



僕は地元の美味しい食べ物屋さん探しが好きで、気になるお店を見つけては、覚えておき機会を見つけて入っています。

ただ、たくさん行きましたが、その後リピートをするお店はかなり限定されてしまいます。イタリアンはここ、ラーメンはここ、とか1ジャンルごとに1店舗といった感じ。

味だけで言えばどのお店もとても美味しいのです。しかし、行くお店はどうしても決まってくる。

これはなぜか。


[食べ物屋なのに味以外での評価が多い]
例えばお店の清潔感、雰囲気、店員の対応、センスを感じるメニュー。あと、これは単なるタイミングの悪さなのかもしれませんが、初めて入ったときにものすごくうるさい集団がいたり、妙にタバコ臭かったり、子どもが走り回っていたりといった印象の悪さも含まれます。

だからといって別に食べログに投稿などしませんが、心の中で無意識に様々な角度から評価をしていて、高得点のところにリピートしている自分がいます。

しかも味ではないところでの(無意識的な)評価がとても多いのです。


[心に触れる部分]
高評価なところ、リピーターやファンが多いところは直接的な技術力以外の「心」に触れる部分が素晴らしいです。

おしぼりがあったかかったり、清潔感があるとか、お店の人の声色や挨拶、笑顔。BGMとか照明とか空間の印象。メニューと食器のチョイスや他のお客さんとのやりとりなど。

自分が求めていたものを満たしているか、ということではなく、様々な面でお客さんをおもてなししよう、という気配り(=心)を感じるのです。


人間にとって食事とは、もはや生命維持のためだけに行うものではなく、リラックスして心を満たすことも大切な要素になっています。ですから、同じお金を払うなら、味が良く、胃が満たされるだけでなく、心も満たされたいと思うのは当然でしょう。

「ああ美味しかった」「満腹」
「幸せ」「楽しい時間だった」「落ち着いた」
 ↓
だから「また来よう」。


《聴く人が楽しいと感じるための最も大切なこと》
「おもてなし」なんて言葉が少し前に流行りましたが、本当の意味でゲストに対しておもてなしをするためには、まず自分自身の心がどうであるかが重要です。

ここで音楽に話しを戻しましょう。

ただ正確なピッチやリズムをキープできる技術をひけらかしたり主張するだけではお客さんの心には何も届きません。
「どうだ上手いだろ」と上から目線の演奏をしたら、それがたとえ本当に上手な演奏でも聴く人はストレスにしかなりません(飲食店で店員に「どうだ美味いだろ」と言われてみてください。心底面倒臭いですよね)。

聴いてくれる方へ感謝の気持ちを持って、心から音楽をする。

よって、ゲストに心から楽しんでもらい、さらにリピーターになってもらうために一番大切なことは、音楽をすることが好きで、その好きであることも含めて聴く人に伝えようという気持ちを強く持つこと。したがって、


「自分自身が心から楽しむこと」


です。自分が楽くないのに、どうやって相手を楽しませることができるでしょうか。


[吹奏楽コンクールでも同じ]
これはコンクールという場面でもまったく同じです。音楽はどんな場面でも音楽であることに変わりはありません。

例えば2つの団体が同じ曲を演奏して、両団体ともにミスがひとつもなく、テンポが乱れず、ピッチが正しく、ハーモニーが良い演奏をしたにもかかわらずどちらか1団体しか代表を選べないとしたら、どうしますか?

演奏技術や表現力とは違う「心を感じる演奏」を選ぶはずです。

(もちろん、審査というのは上記のように技術が高いかどうかを真っ先に判断基準にしているわけではありませんから、表現力なども含め、すべての面において総合的に点数をつけているはずです。)

ですから、今まさにコンクールに向かって毎日一生懸命練習をしているみなさん、また、コンクールだけでなく、オーケストラや他の様々な本番に向けて練習をされているみなさんも、楽譜に書いてあるデータ(テンポ、リズム、ピッチ、音程etc.)を正確に再現するための必要な行為だけを「練習」と呼ばないでください。


もっと広い視野で、自分自身が心から楽しんで演奏する姿勢を忘れないでください(ここで言う「楽しい」は愉快な楽しさというよりも「やる気に満ちている状態」と考えてください)。

その「心」が、コンクールの評価にもつながります。

自分がお客さんとして聴きにいったとき、心から楽しみ、満足できる空間を作り出すために演奏技術以外に何が必要か、それを考え、実践してください。


ということで、また来週!


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at 07:10, 荻原明(おぎわらあきら), 本番・合奏練習

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コンクールで良い賞をもらうために大切なこと 1


















みなさんこんにちは!トランペットを吹く人、教える人、荻原明(おぎわらあきら)です。


《コンクールで優秀な評価、賞をもらうためには何か必要か》



「めざせ金賞!」「めざせ全国大会!」を掲げて吹奏楽コンクールに向けて練習を開始しているところも多いかと思います。

せっかく参加するわけですから、思い残すことなく良い結果をもらいたいものですね。高みを望むことはとても素晴らしいことですし、様々な面で成長させてくれます。

ではもう一歩、深く考えてみましょう。

コンクールで良い賞を獲得するには、どんな演奏をする必要があるでしょうか。


 ミスをしないこと?
 ピッチがチューナーの指し示す±0を指し続けること?
 テンポがメトロノームのクリック音に噛み合い続けていること?
 和音が純正律の響きであること?


どうでしょう。


《芸術ーーメッセージを伝えることーー》
コンクールの審査員は人間が行なっています。カラオケの採点機能のようにコンピュータが予め持っているデータと比較して、減点対象を見つけていく方法とは違います。

そしてもうひとつ大切なことは、審査員は誰一人として手元にチューナーとメトロノームを持ち、それらの示す情報により点数の増減をしてはいません。チューナーがなくてもピッチがわかる力を持っているとか、そういうことでもありません。


では、審査員は演奏の何を聴き、何を審査基準にしているのでしょうか。


[そもそも音楽とはなんだろう?]
音楽は「芸術」というジャンルのひとつです。

課題曲解説の記事(課題曲3「インテツメッツォ」前編)でも書きましたが、芸術とは、「メッセージを相手(の心)に届けるための手段」です。

とても素敵なものを手に入れたから(生み出したから)みんなに知ってほしい、
自分が正しいと思うことを、多くの人にも共感してもらいたい、
それは間違っている!と思うことを、多くの人にも共感してもらいたい

様々なメッセージを、音に託して伝える行為が音楽です。

芸術は時として言葉のように直接的ではありませんから、そのメッセージが何なのか少わかりにくいときもしばしばあります。
ですので、それがたとえ憶測(それが作者のメッセージとは違った)としても一向に構わず、自分自身の考え、イメージすることが芸術そのものだと思います。


[読解]
そういえば国語の授業でも出てきましたよね、「読解問題」。
表面的にはこんなストーリーでしたが、作者は結局何を伝えたかったのでしょうか?というヤツ。

あなたは文章の読解、得意ですか?苦手ですか?

小説(物語)も芸術のひとつですから、音楽と同じように何らかのメッセージが込められているはずなのです。

若干乱暴な言い方になってしまいますが、作者にとっては結局、伝えたかったテーマが重要なのであって、その手段として設定した舞台や時代背景、出演者というのは、すべて道具にすぎないと考えてもいいかもしれません。


読解なんて難しい言い方しなくても、もっと身近にメッセージってたくさん転がっています。

あなたがもし(年齢的なものではなく)大人であれば、こんなふうに思ったこと、きっとあると思います。


「幼い頃見た絵本やアニメ、今見直してみると印象が違う」


例えばアンパンマンとかガンダムとかドラえもんとか何でもいいのですが、幼い頃というのは、バイキンマンが悪さしててアンパンマンにアンパンチ受けて飛んでいくと「ヤッター!」ってなったり、ザクがガンダムに攻撃されて爆発して「ガンダムつえー!」ってなったり。そんな感じだったと思うんです。
でも大人になると、もっと深く考えられるようになる。バイキンマンってもしかして、本当は悪い子じゃないのかもしれない、とか。ジオンも地球連邦もお互いが正しいを考えて戦っているんだな。戦争って正義とか悪じゃないんだな。とか。

そこからもっと深く考えてみる。それが作者のメッセージと違ってもいいからいろいろ考えてみる。

それが読解力だと思うのです。


[表面的なものばかりを受け取るから、炎上が起こる]
ここからは僕の主観として受けて止めてもらいたいのですが、最近はますます表面的なものを表面的にだけ受け止める人が増えてきたように感じます。

SNSなどのインターネット上でよく話題になる「炎上」がそのひとつ。


個人アカウントのTwitterで以前、こんなことをつぶやきました。







ユニ・チャームのCMでお母さんが子育てに奔走するストーリーです。これが炎上をしました。
なんでも、この映像にお父さん(男性)がほとんど出てこず、お母さんばかりが子育てをして、大変な思いをしている。女性だけが育児をしているいわゆる「ワンオペ育児」を肯定しているのでは、ということで話題になり、炎上したそうで。



「ワンオペ育児」っていうネーミングからもう人間味がなく。嫌悪感を抱きます。

ちょっと待ってほしいんですよ。

もちろん、物語をどう捉えるのかは個人の自由であり、それについて何を言おうが結構なのですが、最初から批判的な姿勢でしか見ておらず、指摘できるものを粗探しした捉え方すぎないか、と思うのです。

見方を、このCMを作った企業に変えて考えてみてください。企業はいわゆる「ワンオペ育児」を日本中に浸透させよう、育児は女性がするものだ!と訴えたくて、たくさんのお金と時間と人間を使って企業の顔であるCMを作ったとは考られません。

そもそも、そんな理念を持った会社がここまで成長しません。

否定的な捉え方を持ち、炎上させた人たちに言いたいのです。

「この物語の中に込められた本当のメッセージ」を読み取り、それを受け取ってください。その努力を惜しまないでください。

このCMに限らず最近では「SNS映え」する食べ物や「おもしろ動画」などの表面的なものばかりが瞬間的に流行する時代だなと感じています(それは楽しいから否定はしません)。ただ、なんでもかんでも表面的な浅い、心に到達する前に反応できてしまうような直感的面白さばかりを追い求めるのではなく、もっと深いところまで考えてみたり、相手の本当のメッセージが何なのかを受け取る自身の能力をもっと育てる努力をしてほしいのです。

クレーマーとか、モンスターペアレントとか、そういった人たちも、結局は相手の真意やメッセージ、なぜそうしたのかをまったく理解しようとせずに(受け取ろうとせずに)自分を優位に立たせ、自分の都合を最優先するために、自分の子どもまでもそのための道具として利用し(ウチの子に何かあったらどう責任とってくれるの?!というセリフはまさにそれ)、粗探しをしているだけにしか見えません。
みっともないし、人間が持つ貴重な能力である豊かな心やイマジネーションを全然発揮していない。とても残念です。


[音楽における「伝える技術」]
あなたが例えば昨日とっても面白いテレビ番組を観たとします。
翌日、その面白さを友人に伝えるとき、自分の持つイメージを可能な限り理解してもらえるように工夫や努力をする必要があります。

そうしないと全然伝わらなかったり、下手をすると違う解釈をされ、誤解を招く恐れもあるからです。

会話の流れ、チョイスした言葉、緩急や間(ま)、簡潔なまとまり、表情、トーンなどが上手であればあるほど相手は理解してもらえるでしょう。こういった技術を仮に持っていなくても努力すれば伝わりますが、苦労は伴いますから「伝えるための技術」は持っていたほうが何かと便利です。

音楽もまったく同じです。音楽で言うところの「伝える技術」とは、ピッチやテンポの正確性、音色やテクニック、表現力などの演奏技術全般を指します。

しかし、これらの技術はあくまでも「伝えるための技術」なのですから、「伝えるもの」「伝えたいもの」がなければ何の役にも立ちません。

伝えたいこと、伝えるべきことを持たずに、ただ表面的なことばかり(ピッチやテンポ)に意識が向いてしまうのは、例えて言うならプレゼントの外装にめちゃくちゃ気合いを入れて、箱の中身がカラッポだった、といったようなものです。

ということで、聴く人に届ける演奏をするならば、もちろん日々の演奏技術の向上(=テクニックの練習)は大切ですが、それは「伝えたいことを的確に届けるために行なっている」のである、ということを見失わないでください。

次回もこの続きを書いていきます。

それではまた来週!



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at 06:41, 荻原明(おぎわらあきら), 本番・合奏練習

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最近の「宝島」の演奏


















みなさんこんにちは!

「宝島」、演奏したことありますか?
演奏経験のある方、とても多いと思いますし、吹奏楽経験者なら一度は聴いたことのある作品だと思います。

僕も大好きな曲のひとつですが、最近ホントに流行ってますよね。
元々あの楽譜はニューサウンズ・イン・ブラスのシリーズで1987年の発売されたものです。オリジナルはT-SQUARE(発表当時はTHE SQUARE)の作品。



古いですね!今、現役で吹奏楽部に所属している方は、全然生まれていないくらい古いです。
しかも、もしかすると、オリジナルがあるって知らない方もいらっしゃるかもしれませんね。「ティースクエアってなんだ?」「フュージョンってなんだ?合体でもするのか?」という感じの方もきっといますよね。
それくらい吹奏楽アレンジが秀逸で、多くの人に親しまれているということなのでしょう。


《流行は循環する》
宝島も含めて、ここ5,6年くらいでしょうか。僕としては「うわ!懐かしい!」「中学生のとき吹いた!」「昔流行ってたね!」という曲を今まさに演奏している吹奏楽団体やレッスンで楽譜を持参する方が多いです。

なぜだろう、と考えてみたのですが、ちょうど当時(25年くらい前)に演奏していた中高生吹奏楽部員だった子どもたちが、今はすっかり大人になって、気づけば吹奏楽部の顧問になっていたり、指導者になっていたり、一般バンドの中心的存在になっていたりするのではないか、と思うのです。その人たちが選曲するわけですから、おのずと昔やった曲を再演(もしかするとリベンジ?)したいという流れになるのは当然ですよね。

多分、そんなことも含めて、懐かしい曲を演奏する団体が多いのだと思っています。

ですから、またこの先20年くらいすると再燃してくる曲って多いのかもしれません。
ファッションみたいに吹奏楽曲も流行は循環しているようです。


《宝島の気になること》
さて、大人気の宝島ですが、そもそも「ラッパの吹き方」ブログで課題曲以外にひとつの作品を名指しで書くなんてこと初めてなのです(多分)。

なぜ書いたのかと言いますと、ひとつ言いたいことがあるのです。それは

「最近の『宝島』のテンポ、速すぎやしませんか?」

ということ。


《テンポの境界線》
テンポは、その作品の印象を大きく左右します。

一般的には速いテンポは「元気」「活発」「賑やか」

このようなイメージを与えることが多いです。

しかし、テンポが速すぎると、「慌ただしい」「せわしない」「乱雑」

といったネガティブな印象を与えてしまいます。

ではこの「速い」と「速すぎる」境界線はどこにあるのでしょうか。


《テンポも主観的ではなく客観的》
(速い)テンポの境界線は

「細かな音(リズム)がきちんと聴く人の耳に届いているか」

です。自分が演奏できているか、ではありません。聴く人がどうかが重要なのです。

ですから、テンポを上げすぎた結果、楽譜通りに演奏できなくなってしまうのはアウトです。

音楽に関しては何でもそうですが、奏者の主観で演奏するのは良くありません。必ず聴く人の立場になって客観的に演奏すべきです。


《「宝島」の場合》
吹奏楽編曲版「宝島」は、ラテンパーカッションを多用したサンバのリズムをベースに書かれています。そして、「フレーズ感たっぷりの雄大なメロディ」が、オリジナル作品そのものの持っている性質です。

サンバはシンコペーションや16分音符(休符)を中心としたリズムで構成されていて、意外に細かい音が多いです。横にスルスルと流れてしまうような音楽ではなく、拍感を強く感じられる重いリズムが含まれた音楽です。

そして、もともと16ビートの音楽なのでテンポが速くなくても活発な印象を持ちます。

この細かな16分音符(休符)から生まれるリズム感、ビート感を効果的に演奏し、しかもそれが聴く人の耳にしっかり届かせるためには、奏者が必死に音符を並べて演奏せざるを得ない速すぎるテンポでは、編曲意図も活かされません。

ましてやトランペット、トロンボーン吹きにとっては、よく難関と言われている「練習番号H」のSoli(ソリ:Soloの複数形)があります。アルトサックスにもカッコイイソロが2回も出てきます。これも16分音符の連続でなかなか手強い。バックのバンドの音が厚すぎて、あまり聴こえないパターンも多く、ちょっとかわいそうなときもあります。

トランペット、トロンボーンの方の中には「練習番号H」が大変!吹けない!と言う方がとても多いのですが、テンポがもっと落ち着いて、サンバのビート感が生まれれば、自然と長いフレーズ感を持つことができますから、そのメロディが「それらしく」表現できるのです。速く設定したメトロノームに一生懸命はめようとしているから、できない!難しい!となってしまうのです。「宝島」編曲版の本来曲の持っている「良さ」が活かされないほどに速いテンポで演奏してしまえば、演奏できないのは当たり前です。

全部の音がしっかり聴こえて、全部の休符がしっかり感じられて、長く雄大なフレーズ感を持ったメロディやオブリガードを表現し、打楽器のビート感、シンコペーションがシンコペーションとして効果を発揮するサンバのリズム感を出すために、提案します。

「四分音符=112で演奏してみませんか?」

カッコイイと思うんだけどなぁ。ダメですかね。
(ってか、楽譜的にはそのテンポなんですけどね)


《奏者は冷静にアクティブで》
僕は世代的にも、オリジナルのTHE SQUAREを先に聴いていたから尚更なのかもしれませんが、吹奏楽編曲のほとんどの演奏で、最初のアゴゴを聴いた瞬間に「速い!!」と感じてしまい、この先に待ち構える音符同士が重なり合った超特急「練習番号H」を想像してしまうのです。

もしかすると、「宝島」はコンサートのアンコールなど、クライマックス的な立ち位置で演奏することが多いから、演奏者のメンタル面の緩み、興奮、演奏に対する集中力の欠如(これで終わる!引退!打ち上げ!...ビール!)などの影響で、テンポ制御が効かなくなっているのかもしれませんが、どうしても速すぎる宝島の演奏からは、作品を雑に扱ってしまっている印象を受けてしまうのです。

興奮したり、作品を聴いて活発さを感じるのは奏者ではなく、お客さんのほうです。
主観ではなく、客観です。

もちろん奏者もアクティブでなければなりませんが、冷静にアクティブな演奏をすることが求められます。
どんなときでも興奮して演奏が乱れてしまうような精神状態になるべきではありません。


ぜひ一度、だまされたと思って一度テンポをグッと落としてフレーズ感をたっぷり持ち、冷静なアクティブさで演奏してみてください。
アゴゴ担当の方、パーカッションの方、ぜひお願いします!

遅いテンポのほうがカッコイイと思うんだけどなぁ。。。


ということで、今回はここまでです。
テンポの話をしたので、次回も関連した内容を書いてみようと思います。

それでは、また来週!


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at 07:54, 荻原明(おぎわらあきら), 本番・合奏練習

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ピッチとチューニング 1


















みなさんこんにちは!

前回、ピッチやチューニングの話を「色」に例えて書きましたので、もう少し具体的なお話しをしようと思います。


《ピッチと音程》
最初に、誤解のないように簡単に説明します。

[ピッチ]
ピッチというのは周波数のことです。周波数とは1秒間に何回空気を振動させたかを数値化したもの。空気を揺らす回数が多ければ多いほど耳には「高い音」として認識されます。よくチューニングの時に「A=442Hz(ヘルツ)」という言葉や表記を見たことがあると思いますが、この場合は五線の中にある実音Aの音が442Hzである状態をひとつの基準として音を合わせる、という考え方です。
おおよそ、1秒間に空気振動を440回程度行えれば、Aあたりの音が発生するのです。

ですから、チューナーという機器は周波数測定器なのです。

[音程]
音程というのは「2つの音の距離」を指します。
音程はその距離感を「度」という単位で表します。例えば、「ド」と同じ「ド」の音は「1度」と呼び、「ド」の音とひとつ上の「レ」の音は「2度」と呼びます。「ド」とオクターブ上の「ド」は「8度」です。
ですから、「音程」は音が2つなければ測定できないものです。

よく「音程が悪い」と言いますが、具体的には2つの音のどちらかのピッチが悪いことによって起こる現象です。どちらの音がどのようにピッチが悪いのかによって、その音程の違和感も変わっていきますが、一般的に「音痴」と感じるのは音程に対して強く感じます。

これを覚えてもらった上で、先を読んでください。


《ピッチの調整》
みなさんはチューニングをする際、どのようにピッチを合わせていますか?
きっと多くの方がチューナーに登録した基準ピッチに対して自分の音が高い/低いを確認し、まずはチューニングスライドを抜き差ししているのではないか、と思います。

でもその方法をとっていて気付きませんか?いつも同じくらい抜いているのに、その日…いや、毎回出しているピッチが違っていること、ありませんか?
チューニングスライドを3cmも4cmも、ものすごい抜かないとチューニングのBbが合わない(というか、それでも不安定)とか。

気温によって楽器のピッチが変化する、というのは確かにあります。しかし、砂漠のど真ん中や吹雪の中で吹いているわけでもあるまいし、そこまで不安定になることは気温では考えられません。

チューニングスライドを抜き差ししてもピッチが合わないとき、特に合奏前開始直前のような時間に限られている場面やひとりずつ音を出して確認させられているチューニングの最中になると、焦ってどんな手段でもいいや、となり口周辺の力やプレスの強さ(特に押し付ける方向になる)などでその場しのぎのピッチ変化を行う人がいます。

これは、楽器のことを完全に無視した「自分の体に負担をかけて強引にピッチを調整している状態」と言えます。

この方法が本当は良くないのはみなさんおわかりだと思います。
では、どのようにすれば良いのでしょうか。


《なぜチューニングをするのかをまず考える》
ピッチを安定させなければ、と思いすぎるあまり思考の視野が狭くなっているのがまず合わせられない大きな原因です。
要するに「チューニングBb(オケならA)の音をチューナーで測定した時に±0になること」だけが目的になっている視野の狭さです。

もう一度、なぜチューニングをする必要があるのかを考えてください。
チューニングとは、


『演奏したときに奏者同士のピッチが合うための基準ピッチの確認』


これが目的です。チューニングBbの音をチューナーで測定したときに±0に「すること」が目的ではないのです。
ということは、


『自分自身が常に安定した音程で演奏できるようにする』


ことをまず目指すことが必要です。


《安定した音程で演奏するには》
自分自身の演奏が安定した音程になる、ということは、楽器から出てくるピッチのそれぞれが安定していることと言えます。
この「安定」は、極端なことを言えば、チューナーで測定した時に±0指し示し続けることではありません。
仮にずっと-10を指しているならば、音程としては安定して聴こえます。

ピアノの調律のように、あらかじめ全ての鍵盤(=音)のピッチを確実に安定させておくのとは違い、トランペットは、吹き方など様々な要因でピッチがいくらでも変化できてしまうのですから、自分自身が安定したピッチを演奏する術を持っている必要があるのです。

そのためには「音のツボ」に当て続けることが必要になります。


音のツボとは、それぞれの楽器が最大限の力を発揮するためのポイントです。
ツボに当たると、音の響きが非常に豊かになり、そしてピッチが安定します。

ある程度しっかりした作り方をしている楽器であれば、ほぼ全ての音のピッチは正しいはずなのです。
なぜなら、そういった楽器を作っていなければメーカーは倒産してしまうからです。

どんなに見た目がかっこよくても、高価な素材を使っていても、ピッチが悪い楽器を好んで購入する人はいないわけで、この一番重要でベーシックなところがクリアしていなければ誰も見向きもしなくなるのは当然ですよね。ですから、各楽器メーカーは研究を重ね、安定したピッチで演奏できるようにひとつひとつの楽器を綿密に作り上げています(そう信じています)。

ですから、正しいピッチを出せるポイントを我々演奏する側がしっかりと見極めて、当てることで「相対的に」安定したピッチで音が出せるのです。


「相対的」。これが音楽をする上では非常に大切なことです。

では相対的に安定したピッチとはどういったことなのか。次回のブログで書いていきます。もう少しおつきあいください。

それでは、また来週!

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at 06:06, 荻原明(おぎわらあきら), 本番・合奏練習

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